第9話導かれしもの

ずいぶん長いトンネルを進んでいる気分だった。


真っ黒な穴に吸い込まれた時、訳も分からず後ろ向きに引っ張られたはずだったけど、いつの間にか、前に引き寄せられている。いったい、何がどうなっている?


訳が分からない。

それでも、前に進んでいる分だけ、気は楽だった。


我ながら、おかしなものだ。

何も見えないのだから、前だろうが、後ろだろうが関係ないだろうに……。


でも、気分的にましになったのは確かだろう。さっきまで盛大に聞こえていた……。そんな気がする悲鳴のようなもの。それが今は止まっている。

ためしに、悲鳴を上げてみたら、さっきとちょっと違うけど、同じように聞こえた気がした。

だからあれは、私があげてた悲鳴なのだろう。


でも、やっぱり声としては出ていない。

出しているつもりで、聞いているつもり。そんな不思議な感じだった。


少し冷静になろう。


相変わらず、どこに引き寄せられているのかはわからない。真っ暗な中を私はどこかに向かっている。でも、自分で動いているんじゃない。自分で動かなくても動いていくもの。それは日常で十分知っている。


そう、無理やりでもなんでも、バスに乗っていると思えばいい。


そうやって自分を納得させようとしている時、眼前にひろがる漆黒の闇の中に、かすかに光るものが見えた気がした。慌てて、目を凝らしてよく見てみる。


それは、小さな点だった。

さっきまで、針の穴ほどもない大きさでしかなかったはずなのに、気が付くと米粒大になっていた。


そして、瞬きしている間に、米粒がいつの間にリンゴくらいになっていた。

明らかに大きくなっている。

なおもそれはとどまることを知らなかった。


これはもう、間違いない。

私はその光に向けて引き寄せられている。

光が大きくなるにつれ、引き寄せられるような力も強くなっている気がしてきた。


ていうか、これ、落ちてるんじゃないか!

いつのまに?


マンホールの蓋のような大きさの光の穴に向かって、私はどんどん加速しながら落ちていく。


あれ?

突如、今の状況が客観的に捉えられた。


暗い穴の中から、光の中に吸い込まれている。いや、落ちている。

これって、ひょっとして出口じゃないの?

とすると、この速度で落ちるのか?

出口はどうなってる?

衝撃吸収マットとか置いてくれてる?


いやいや、いやいや……。

冷静になろう……。

って、なれるわけ、ないだろう!


再び悲鳴のような叫びが聞こえてくる。わけのわからないツッコミを入れている間も、どんどん光の口は大きくなって、私をすっぽりと飲み込もうとしていた。


どんどん大きくなるそれに反して、暗闇の部分がなくなっていく。

しかし、相変わらず、光の先は真っ白で何も見えない。


またこの展開?

ちょっとした既視感に、ほんの少しだけ安心する私がいた。

それもつかの間。

いつの間にか、私は光と闇の境界線を越えたように感じていた。


闇のトンネルを抜け、光の中に突入した瞬間、何かに包まれたような感覚を味わっていた。きっとあれが境界線。

それは、水の泡のようであり、空気の膜のようなもの。それに包まれて、やや減速したように思えた。


それでもまだ落ち続けている。ようやく、終わった感じになったけど、目の前に見えるのは、相変わらずの白い世界のままだった。


でも、あそこのように何もないわけじゃない。落ちていく先には、多くの小さな光があった。ほんの少しだけ霞んだような光を纏うそれは、円陣を組むように並んでいた。


何となく、綺麗に思える光たち。淡く、儚くも懸命に光ろうとしているように思えてくる。


ただ、三つの大きな光が、それとは離れて並んでいるのが気になった。他とは明らかに違う大きな光。しかも、その光はにじまずに輝いていた。


いつ終わるともしれないこの落下のさなか、その光景にしばし見とれていた。


もう少しこのまま見ていたい。

そう思った瞬間、いきなり何かが触った気がした。

今までとは全く違う感じがするその力は、何かを私に結わいつけたようだった。


明らかに、目的となるものが近くにある。

そんな感じがした瞬間、私の目には信じられないものが飛び込んできた。


何かの台の上で、赤ちゃんが笑っていた。穢れを知らないその瞳は、私を見つけてもまだ笑顔のままだった。


危ない!


このままでは、ぶつかってしまう。誰か、早くあの赤ちゃんをどけてくれ!


落ちていく私にはどうしようもない。自由がきかない私に、できることは何もなかった。

もう、誰かの助けを借りるしかない。でも、周りに助けてくれる人なんて感じなかった。


ああ、私はなんて無力なんだ……。こうしている間にも、無邪気に笑う瞳に私が映しだされていく……。

自分で行き先を決めれない以上、私はそこに飛び込むしかない……。


赤ちゃんの笑顔を千々に引き裂いた瞬間、割れんばかりの歓声が聞こえてきた。

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