第8話神を名乗る謎の声
「まあ、それはこっちのセリフだと思うんだけどね。正直言って、興ざめさ」
いきなり少年とも少女ともいえない声が聞こえてきた。内容的には罵倒されたようだけど、そんな感じは受けなかった。
ただ、周囲を見渡しても誰もいない。声は前からも後ろからも右からも左からも聞こえてきた気がする。一人で話しているようだけど、感覚としては周りからいっぺんに話しかけられた感じだった。
「でもまあ、生き残ったんだ。とりあえず、おめでとうは言っておこう。ここ最近を考えると、生き残ること自体珍しい事かもしれないからね」
相変わらず、声はすれども姿は見えない。おめでとうとは言ってきたけど、そこに感情はこもっていない。気配をたどろうにも、その手がかりすらない。
ていうか、この真っ白な世界では五感のほとんどが働かなかった。
見えるものは真っ白なものだけ。
聞こえてくるのは、さっきから訳の分からないこと言い続けている声だけ。呼吸しているのだろうけど、自分の吐く息の音すらない。
何も匂わない。
触ろうとしても何もない。自分の体に触れてみても、その感覚すらあいまいだった。
味わうものなんて、そもそもあるはずもない。
何もない真っ白な世界で、ただ一方的に、感情のない声で話されている。
「でも、本当に君は変わっている。普通ここらで何か言ってくるもんだよ。『何言ってる!』とか『元の世界に戻せ!』とかね。ちゃんと人の話を聞けってんだよ。ほんと、嫌になるよ。元々居場所もなかったくせに。その点君はちょっと違う。僕の話は聞いてなくても、ちゃんと僕に注意は向けている」
聞いてないのがばれていた。でも、やっぱりそこにも感情はこもっていない。言葉の意味が、そのまま感覚として伝わってこなかった。
そして分かったことがある。私が見えてなくても、相手は見えている。
それならば、私も話しかけてみよう。
私が話すことで、何か変化が生まれるかもしれない。それに、他の人が話してるんなら、私も話してもいいだろう。
「大変申し訳ないんですけど、そろそろ姿を見せてもらえませんか? 気配もなく、姿も見えない。そんな人と話すのはこっちも苦痛なので」
向こうは言いたいことを言ってるんだ、こっちも言いたいこと言ってやろう。そもそも、聞きたいことは山ほどあるんだ。
でも、顔が見えない人と話せるほど、私は神経が太くない。私の話をどういう風に受け止めているのか、それを見ながらでないと、うまく話す自信がない。
「あはは、そうくるか。そうくるのかニンゲン。前言撤回だ。君は愉快だよ。殺されたふりして一番安全なところに隠れて、最後の最後で注意をそらす。いや、単純にバカだと思ったけど、そうじゃないんだ。いろいろ考えているね、感心したよ。でも、この場合は考えすぎなんじゃないかな?」
なんだか一方的に解説してきた。何を言っているのかますますわからない。
でも、今の話で分かったことがある。あの時のことを、この声の主は見ていたんだ。
けど、冗談じゃない。
あの時、私は本当に殺されたと思ったんだ。いい加減なことを言わないでくれ。
「なにを」
文句を言う途中から、声を発する事が出来なかった。
「でも、確かにそういう頭を使った戦い方もありだ。うんうん、改めて君の戦い方を見ると……、そうだね。君の一連の動きは、まさにそうだ。なるほど、なるほど。そんな君には『嘘つき』の名前をやろう。そうだな、名前はヴェルド。ヴェルド・リューグでいいだろう」
何を納得したのか知らないけど、私の言う事は一切無視ときた。
人を嘘つき呼ばわりした挙句、どうやったかわからないけど、私の言葉を封じ込めたようだった。
何なんだ、その傲慢な態度。私の事なんでも分かっているような口ぶりで、言いたい放題いってくる。
「あなたは何様だ。神様か何かだというのか」
「そうだよ、ニンゲン」
言葉が出た驚きよりも、間髪入れずに帰ってきた答えに驚いた。しかも、それが愉快だという風に笑っている。
そして、初めて感情っぽいものが感じられたと思ったら、前後左右から私の体を何かが押さえつけてきた。
まさか、笑い声がそうしているのか?
しかし、その疑問を晴らすまもなく、声の主はまた感情のない声で話し始めた。
「理解が早くて助かる。じゃあ、後は見せてもらおう。おっと、いけない。忘れるところだった。生き残った君には力を授けないといけないんだった。あぶない、あぶない。久しぶりだから、危うく忘れるところだったじゃないか。でもさ、僕たちも忙しいんだよ。そもそも、二年に一回だったかな? 君たちの感覚に合わせないといけないルールが問題だね。しかもこの方法、めったに生き残らないから、忘れちゃっても仕方がないよね。そうだね、君は運が良いことにしておこう。それじゃあ、君は何がいいかな……。さっきまでは『擬態』とかにしようと思ってたけど、『嘘つき』の名前を与えちゃったしなぁ。んー。さすがに、もう時間もなさそうだしなぁ。あの国は、状況的に慌てるのも分かるけど、もう少し時間くれないとなぁ」
また、何やら考え込んでいるようだった。
人の話を全く聞かず、自分の言いたいことだけ一方的に言ってきて、挙句の果てに神を自称してきた。
そして、いまだに姿を現さない。
神様だったら、この状況そのものを何とかしてくれてもいいだろう。鉄板神社の神様の方がずっとましだ。
「あなたが神だというのなら、何故、私はこんな目に合わされている? 到底納得できるものじゃないだろう。私の立場になって考えてほしい。もっとも、神様なら立場を変えなくてもわかるだろう!」
なんだろう、さっきからどんどん後ろに引っ張られる感じがする。それに、誰かが私を呼んでいる。
後ろに注意を向けていると、今度は前からあの声がやってきた。
「うん、じゃあそうしよう。元々君たちは普通の人とは違う力が与えられている上に、生き残りには特別な能力が宿る。君の場合は、君の望みにしてあげるよ。残念ながら、僕の立場とは変われないけどね。細かい説明は君なら無くてもいいだろう? というか時間無いからできないんだけどね! 君も可愛そうだね。ただ、向こうも相当焦ってるみたいだから、分かってあげてよ。あはははは!」
一体何を言っている?
普通の人とは違う力?
特別な能力?
時間がない?
焦ってる?
全く何を言っているのかわからない。説明が欲しいから、立場を変えて考えてくれと言ったんだけど!
いい加減にしてほしい。断片的にわかったことをつなげても、何一つとして解決しない。
それよりも、さっきからどんどん引き寄せられる力が強くなっている気がする。何も持つものがない以上、この場所で踏ん張るしかない。でも、自分が踏ん張っているのかどうかわからない。
「じゃあね、ヴェルド。もしかしたら、向こうでも会うことがあるかもしれないけど、ここでの記憶は、ほぼ無くなるみたいだから残念だよ。でも、見せてもらうよ。ちょっと飽きてきたこのゲームも、もうちょっとだけ見守ってみようかな……」
声は話しているうちにどんどん小さくなっていった。今も何かをしゃべっているようだけど、小さすぎて聞き取れない。
ゲームだと?
今、ゲームだといったのか?
どういう意味だ?
ただ、悠長に考えている余裕はなかった。引き寄せる力は、ますます強くなっている。たぶん、ここにいたとしても、状況は変わらないだろう。でも、なんだかこのまま吸い込まれるのは嫌だった。
必死に抗う私の頭の中に、さっきとは違う声が聞こえてきた。
最初小さかったその声は、やがてはっきりと聞こえるようになると、甘い誘惑のようにささやいてきた。
『ほら、流されるんだよ。今までと同じように……』
それを聞いた瞬間、もうここに留まる力は消え失せていた。
いつの間にか、後ろには大きな穴が開いている。
真っ白な世界にあいた、真っ黒な穴。
漆黒の闇。
否応なく引き寄せられるそれに、もはや抗うすべもなく、私はその漆黒の闇へと落ちていった。
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