第4話脱線
「四郎、おい、四郎」
一郎の声が聞こえた時に、頬に痛みが走っていた。
「痛い!」
「あ、起きた……」
頬に当てた手に痛みがやってきた。
「起きてるよ、痛いな……」
文句を言いつつも、心の中では感謝する。
「大丈夫か?」
「ああ、そっちは?」
「見ての通りだ」
差し出された一郎の手をつかんで立ち上がる。列車は見事に横転し、普段は壁として見ているところが、今は床になっていた。非常灯らしきものは灯っているが、薄暗い。一郎のスマホの光で、何となく一郎の周りが見える感じだ。
「どのくらい気絶してた?」
しかし、あの中で、気絶しないとは……。本当に大したものだ。状況判断と切り替えの早さは、さすが武道をやっているものだと感心する。しかし、そんなことをいつまでも感心してはいられなかった。
「さあな、それに変なんだ……」
一郎は上を見上げている。つられて私も空を見上げた。横転したから、見上げた向かいの窓には空が見えるはず。
でも、いつもあるその空は、真っ黒な何かに置き換わっていた。
どおりでここが暗いわけだ。
いつもながら、理由がわかると少しだけ安心できる。
「なあ、トンネルだったっけ?」
分かっている答えなのに、そう聞かずにはいられなかった。
あの時、確かに一郎の背後には田んぼが広がっていた。それに、普段乗らないといっても、この辺にトンネルはないことも知っている。
「いや、そうじゃない。何か変だ。何かおかしい」
見上げたまま動かない一郎。案外、余裕がないのかもしれない。普段なら、くだらないこと聞くなと、たぶん頭をたたかれている。しかし、疑問を抱いてもそれをそのままにしているなんて、いつもの一郎らしくない。
相変わらず、その場で暗い空を見上げたままだった。遠くの方で子供の泣き声も聞こえる。何やら助けを呼んでいる声も聞こえてきた。生きている人たちは間違いなくいる。
なら、私たちは私たちのできることをした方がいい。幸い、二人ともたいした怪我はなさそうだ。
「なら、出てみよう。何かわかるかもしれない。まずは、乗務員室に入ろう。一郎は、あのお姉さんの様子を見て」
私もスマホの明かりをつけて歩きながら、動かない一郎に話しかけた。たしか、女性が一人乗っていたはずだ。
車両は非常用の明かりがついたり、消えたりしている。今のうちに乗務員室に入って、懐中電灯か何かを探さないと、スマホのライトだけだと切れた時に困る。
途中にいたお姉さんを通り越して乗務員室を目指す。小さいながらうめき声をあげているから、たぶんお姉さんも気絶しているだけだろう。
横転した車両は、結構ガラスが四散していた。歩くたび割っている感覚がする。でも、歩く分には問題ない。普段窓の部分を歩くことなんて、まずありえない。こんな時だけど、軽い興奮を覚えていた。
思っていた通り、近くによってみても乗務員室の窓はわれていなかった。頑丈なつくりだと思うけど、こんな時は割れていてほしかった。
「さて、どうするか……」
思わず声に出してしまう。
よじ登って、外から入るか、無理やり割ってみるか……。でも、手近に割れるようなものはない。
「あの人は大丈夫そうだ、そっちはどうだ?」
一郎の声に返事をしようとした時、また列車が傾き始めた。
「何だ!?」
とっさに乗務員室の格子をつかむ。お姉さんの悲鳴のほかに聞こえなかったということは、一郎も無事だろう。
どういう事かわからないが、列車はあるべき姿勢に戻っていた。
「なあ、あれなんだ?」
割れた窓の向こう側、一郎の指さす方向にはうっすらと光が灯っていた。
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