第3話模試会場へと向かう道

「このお守り、重いんだけど……」

模試の判定を少しでも上げるため、徹夜までした。でも、朝方には眠ってしまったようだった。


慌てて支度をして出ていく時に、母さんが左胸のポケットにお守りをしまい込んできた。急いでいる時にという気持ちが後押しして、つい文句だけが出てしまっていた。


「鉄板神社のお守りだからね、鉄板が入ってるんだろうね。想いがこもって重いんだよ」

冗談のつもりだろうか?笑顔でそう告げてきた。


でも、語るに落ちるとはこのことだ。お守りなんだから、神様のご利益を入れておいてくれ。名前の通り鉄板なんて、手を抜きすぎだ、神主。


それに、人間の想いなんて言葉だけで十分だ。


「わかったよ。でも、ここ重いから、鞄でいいよね」

取り出そうとした手を、母さんがつかんでいた。昔から合気道をしてただけあって、握力はかなりある。痛いくらいに締め付けてくるその手を振りほどこうと思ったけどやめた。昔は結構やりあったけど、今ここでやりあっている暇はない。


「鉄板神社のお守りの定位置は、そこなんだよ」

得意顔で、指し示すのは、ブラウスの左胸のポケット。しかも、さらに右手を締め付けてきた。

とんだ指定席を持ったお守りだ。普通は鞄につけとくもんだろ……。

ああ、鉄板入っているから、危ないからか……。


私の頭に、ストンと納得が落ちてきた。


「はいはい、もうわかったから。遅刻するから行くよ」

解放された右手をさすり、鞄をもって玄関の扉を開ける。背中の方から、急いでいるのに、挨拶をせがんでくる声が聞こえた。


「わかったよ」

それだけ言って、飛び出した。

後ろでまだ騒いでいるけど、それはいつものことだった。


何気ない日常。


模試の会場までは電車で行くことになり、待ち合わせていた一郎と共に日曜日の朝早い電車に乗った。バスで行くと時間がかかる。ただそれだけの理由で電車を選んでいたけど、久しぶりに乗る電車は新鮮だった。


いつもと違う風景が流れる。いつもと違う座り方。ただ、端の方が落ち着くから、最後尾の優先座席に腰かけていた。日曜日でも、まだ朝の早い時間帯だけあって、一両にのっている人も少ない。隣の車両には何人かいるみたいだけど、最後尾の車両には、私たちのほかには女性が一人いるだけだった。だから、誰か来るまではここでもいいだろう。一郎も向かいの席の端に座っていた。


「四郎、今日の模試いけそうか?」

相変わらず、自信たっぷりの表情で聞いてくる。私のことを心配してくれるのはうれしいけど、私は私のペースで頑張っているんだ。それに人がいるんだ、もう少し声を落としてほしい。


「あはは。まあ、なんとかなるよ。昨日も徹夜したし」

やるだけのことはしたし、大丈夫だとは思う。それに、ほんの少しだけは寝たからだろう。それほど眠くはなかった。


「そうか。なら、今回も俺の勝ちだな」

相変わらず、声を落としていない。だけど、ニヤリと笑う笑顔はさまになっている。

そんなことは言われなくても分かっているよ。私が一郎に勝てたことなんて、一回もないのだから……。


「まあ、そのうち勝ってみせるよ。そろそろ、私も本気だすとするか」

ただの負け惜しみのつもりだった。から元気みたいなものだ。でも、私の言葉に一郎の笑顔は固まっていた。

どこか具合でも悪いのだろうか?

訳を聞こうとしたときに、大きな衝撃が体を襲う。


「あ!」

とっさのことで声も出ない。しかし座席横の手すりをつかむ。一郎も手すりをつかむのが見えた。

またも衝撃が伝わってきて、電車が大きく傾いていた。


列車は私の方に傾いている。

一郎が座席から浮かぶのが見える。でも、しっかり手すりはもっていた。


大きな音と共に、たくさんの悲鳴が聞こえてきた。

衝撃音や摩擦音に交じって、人の声がやけに大きく聞こえてきた。

いつ終わるとも思えない衝撃の中、私は必死に手すりをつかむ。もう目も開けていられなかった。

もういやだ。

声にならない叫びを発したとき、何かの重みが私にのしかかってきた。それと共に、手すりを持つ手が離れる。その瞬間、またもや強い衝撃があり、私の世界は暗闇に落ちていた。

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