第一章 第一節 定められたレールの上で

第2話十八年の人生で

十八歳になったばかりの夏の終わり。

私は自分が死ぬ瞬間を見ていた。

自分が死ぬなんて、想像したこともなかった。もし想像してたとしても、こんな結末はきっと想像しなかっただろう。


物心ついた頃からの親友に、殺されるなんてこと……。


信じられるか?

でも、目の前には、親友の頭がある。やや茶色で、ちょっとくせっけのある髪。私の胸に押し当てているのは、おそらくガラス片だろう。凶器はあたりに散らばっている。


思ったほど胸に痛みがないのは、たぶん死にかけているからかもしれない。あまりに強い痛みは脳を麻痺させると聞いたこともある。その証拠に、どちらかというと胸よりも背中の方が痛かった。突進するように突いてきたから、とっさに後ろにとび避けた。その時、壁のようなものに背中を打ち付けた時の痛みだ。


おもむろに左手をそれに触れた瞬間、一郎は急にそれを引き抜いていた。


「くっ」

手のひらに感じる鋭い痛み。やはり凶器はガラス片。

私の左手は、ぬめりとした感覚とガラス片で満たされている。指の間から滴り落ちるそれを見て、刺されたのだとあらためて実感した。


そのまま、後ずさり距離をとる一郎。


「一郎、何で……」

衝撃のため、立っていることもできなかった。跪き、やっとのことで声を絞り出せた。明滅する光のため、一郎の顔はよく見えない。しかし、薄く笑うその口元だけは、はっきりと見えていた。


「そうだな、分かるはずないよな。お前に、わかるもんか!」

もう一歩下がりながら、周囲を窺っている一郎。その手に持っているものを投げ捨てていた。そして、周囲に山ほどあるガラス片を拾いながら、後ろを取られないように列車を背にしていた。引き抜いた時に割れてしまったのだろう、私の手にはその欠片がいくつもあった。

周囲の喧騒がますます大きくなっていく。一郎もさらに周囲を警戒しているように見えた。そしてもう、私の方には目もくれていなかった。


その時、明滅していた電車の光が、やや明るさを増していた。一郎の横顔がある程度見えるようになってきた。


「お前のことが気に入らなかっただけだよ。ああ、親友だったさ。小学生くらいまではな……。でも、お前がウチの道場をやめた時の親父の言葉、実力テスト、何もかも気に食わなくなったよ。それからだ、お前のことが鬱陶しいと思い始めた。ああ、お前はその気がないのは知っている。だからこそ、余計にむかつくんだよ!」

吠えるように思いを口に出した瞬間、一郎に向かって誰かが襲い掛かっていた。すでに腰を落としている一郎にとって、それは無謀な突進だった。器用に回避しつつ、すれ違いざまに、小さくガラス片を当てる一郎。おそらく、ガラス片を壊さないようにするためだろう。私で経験したことを活かしている。ガラス片は引き切る方が効果的だ。


短く奇声をあげて倒れる襲撃者。どうやら、女性のようだった。

首筋を切られたのだろう、首に手を当て、のたうちまわっている。それを見下ろす一郎。やがて、彼女は動かなくなっていた。


光の中、一郎の白いシャツが、真っ赤に染まっているのが見える。それでも、平然とした感じで立っていた。足元に転がった襲撃者を、無造作に足で転がし確認している。そして、また周囲の様子を窺っていた。明滅する光は、それをまざまざと私に見せつけるかのように、明るく輝いている時間の方が長くなっていた。よく聞くと、そこら中で叫びとも悲鳴ともつかない声が上がっている。


あちこちで、凄惨な殺し合いが繰り広げられているんだ……。

気持ち悪い……。思わず右手で口元を抑える。

左手を胸で圧迫止血しながら、もはやうずくまるしかなかった。


「剣道は、からっきし……。成績も、お前の方が……」

殺される理由が思いつかない。一郎のいう事は訳が分からない。

幼稚園から通い始めた一郎の道場では、模範演技だけはうまくなったけど、小学六年生の時まで公式戦に出してもらえなかった。型どおりにするなと言われても、剣道の型を抜いたらどうなるって言うんだ。言っている意味が分からない。相手の動きは見えても、自分で攻撃できない。それでずいぶん師範に怒られた。


成績だってそうだ。一郎に勝ったことなんて、今まで一度もない。実力テストだといいところまで行くけど、結局負けてばかり。成績優秀でスポーツ万能、そして剣道部主将で人気者の一郎に、なぜ私が殺されるまで恨まれるのだろう。


結局、中学では剣道をあきらめて、高校ではワンダーフォーゲル部に所属した。今まで、特に剣道部ともめたこともない。好きな女の子とかいたとしても、張り合ったこともなかっただろう。

もっとも、私と一郎では勝負にもならないだろうけど……。

だから、一郎に目の敵にされるようなことは全くないはず。だから受け入れる事が出来ない。

こんなの嘘に決まっている。声が出るなら叫びたかった。


あえて言うなら、お前と私、立場が違うだろ!


一般的に言えば、私が刺すほうじゃないか?

なおも、周囲を警戒し、襲ってくる相手を返り討ちにし続ける一郎。

ほんとに、お前はすごいよ……。


たしかに、あの不審者は殺し合いだと言った。私は最初、言ってる意味が分からなかったんだ。

人殺しなんて、想像もできない。そして、親友に真っ先に殺されるなんて、誰が想像する?

しかも、前から気に食わなかったかの物言い。私たちは親友だったんじゃないのか?


親友って一体なんなんだ?


絶望が私の視界を黒く染める。もう死ぬんだ……。そう思った瞬間、一郎の声が聞こえてきた。


「天衣無縫なんだとよ、親父はそう言ってた。今なら認めるよ。いろいろ考すぎて、お前はダメになっている」

さっきよりも声が小さい。たぶん移動しながら話したのだろう。死んでいく私にはもう用がないという事か……。


だから、いったい何なんだ……。もう一度文句を言いたかったけど、もう感覚もあまりない。納得できないけど、将来を見据えていたわけじゃない。親友だと思っていた人に裏切られるなんて、本当に私の人生、とんだ脱線事故でおわったな……。


薄れゆく意識の中、色んなことが頭をよぎる。

ああ、これが走馬灯というやつか……。


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