護衛のルーシー

 進んでいくクルルから少し離れたところを、ルーシーはついていく。あれくらいの距離なら邪魔にならないことがわかっているらしい。

 ルーシーは時折先行しては立ち止まり、鼻を高く上げてクンクンと臭いを嗅いで周囲を警戒している。サーミャもかなり鼻がきくほうだが、流石に狼には敵わなさそうである。


「クルルルル」

「ワン!」


 クルルがルーシーに向かって何かを話しかけるように鳴くと、ルーシーは歩きながら振り返って吠える。索敵の結果を聞いてるのかな。


 街道に出てもそれは続いた。普段はクルルから少し離れた横を歩き、時折前に出ては臭いや音で索敵をする。

 親バカながらルーシーが賢いなと思うのは、数台他の馬車とすれ違った時に、その馬車とは反対側まで避けたことである。馬からはなるべく見えないところに行くことで、多少なりとも緊張させないようにしているようだ。

 御者の人はルーシーを見つけると少し驚いた顔をしていたが、こっちの荷車を牽いているのが走竜なのを見ると、明らかにホッとした顔をしていた。走竜を使っているなら、狼も使役していてもおかしくない、ということらしい。

 とりあえず混乱は起きていないので、ルーシーを荷台にあげたりはせずにおく。


「そう言えば、首輪と紐はしなくてもいいのかなぁ」


 前の世界であれば、いくらうちのルーシーが賢かろうとも、しなければ大問題の話である。だが、


「え、別にいいんじゃないの。何頭も引き連れてるなら別だけど。衛兵になにか言われてからでいいわよ」


 ディアナがそう言った。彼女が言うには犬を飼っている家もあるが、大抵は貴族が猟犬として飼っている場合が多い。まとめてハンドリングするために繋ぐことが必要になることはあるが、そうでないなら必要ないのだとか。

 そう言えば前の世界の名画でも、狩猟の帰りなのにたくさんの犬を繋がず引き連れた絵があったな。

 ルーシーはヘレンよりも速いが何かしらの兆候があればすぐ動く、でいいのか。


「一応用意だけはしとくか。そのほうがなにか言われたときにも説明をつけやすい」

「いらないと思うけどねえ」


 ある種の過保護をディアナに呆れられたが、街の入口では衛兵さんはルーシーが荷台にいないのを見ても挨拶をするだけで何も言ってこず、彼女の言うことが正しいことを知った。


 少しヒヤッとしたのも、いつもルーシーに手を振るコワモテのオッさんのところで、ルーシーは彼を見つけると一目散に駆けていった。

 家族もオッさんもぎょっとしたが、ルーシーはオッさんの前でちょこんと座るだけで何もしない。

 オッさんがルーシーの頭を撫でてやると、グリグリと頭を擦り付けてからルーシーはこっちに戻ってきた。撫でている時のオッさんの嬉しそうな顔と言ったらなかったが、そこは武士の情けで見なかったことにし、互いに軽く頭を下げておくだけにした。


「あ! いらっしゃいませ!」


 カミロの店に到着すると、こちらも顔から幼さがわずかばかり抜けてきたような気がする丁稚くんが、朗らかな笑顔で出迎えてくれた。ルーシーは彼にも駆け寄り、丁稚くんがしゃがむとその顔をペロペロとして挨拶をする。

 なつき度で言えばオッさんより丁稚くんのが上のようだ。まあ、ここに来るたびに遊んでくれてる相手だから当然か。


「こら、あまりペロペロしちゃダメだぞ」

「いえ、良いんですよ。今日は上にいないんですね」

「本人たっての希望でね」

「そうなんですか。ルーシーはお利口だねえ」

「ワン!」


 丁稚くんに褒められて嬉しそうに胸を張るルーシー。幼馴染の男女ってこういう感じなのかな。ちょっと種族が違いすぎるが。


「それじゃあ、今日も頼むな」

「はい! お任せください!」


 ハキハキと返事をする丁稚くん。俺はなんとなしその頭をワシャワシャと撫でるのがはばかられ、手を上げるだけにとどめておくのだった。

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