炎の子と別の方法
俺が呼ぶと、マリベルはすぐに文字通り「飛んで」きた。
「なになに? それ温めるの?」
そう言ってキラキラと目を輝かせるマリベル。彼女の視線は、ほのかに虹色に輝くカリオピウムに注がれている。
マリベルは炎の精霊である。身体の一部からは炎が吹き出しているが、普段はその炎に熱さはない。うちに来た当初は少々制御が危うかったそうなのだが、今は自由自在らしくクルルやルーシー、ハヤテとくっついている場面も多い。
普段は熱さがない、ということは裏を返せば熱くできるということである。マリベルはその身に纏う「魔力のみによる炎」で加熱できる。
これは通常では不可能なことで、うちにある火床や炉も魔法に反応しているが、実際に炎をあげて熱を与えるのは炭である。もちろんそれは「魔力のみによる炎」ではない。
先ほどまでは「普通の炎」だったが、オリハルコンの加工で「魔力のみによる炎」が必要だったように、カリオピウムでも同じように「魔力のみの炎で加熱すること」が条件の可能性は考えてもいいだろう。
「うん。鋼を熱するときくらいまで頼みたいんだが、いけるか」
「任せて!」
ニコニコの笑顔でマリベルがドンと胸を叩いた。俺はマリベルの燃える頭を撫でて、カリオピウムを火床に持っていく。
「ちょっと火床を使わせてもらうぞー」
「はい! 大丈夫です!」
みんなに断ると、リケが勢いよく答えてくれた。今は皆で炉の方の作業をしているみたいなので、1~2回試してみるくらいの時間であれば、専有しても問題あるまい。
「よし、それじゃ頼んだ」
「うん!」
カリオピウムはあまり大きくない。火床に置いたそれを、マリベルは抱きかかえた。
「ふぬぬぬぬぬぬぬ」
マリベルが気合いを入れる。それにつれて身体から炎が吹き出す。この炎はもちろん「熱い」炎で、俺の方にも熱さが伝わってくる。
彼女が気合いを入れるのに合わせるかのように、カリオピウムが虹色から徐々に赤くなっていく。炎の質が違うだけで、ここまでは普通の炎のときと同じだ。
やがて十分に赤くなったそれを、俺はマリベルから受け取った。俺は炎の精霊ではないのでヤットコを使ってだが。
赤くなったカリオピウムを金床に置いて、鎚で叩く。キィンと澄んだ音ではなく、少しだけくぐもったような音がした。
もしかして、と思って叩いた箇所を見てみる。そこにはほんの僅かに凹みが出来ていた。
しかし、それは俺でもチートの手助けを借りて辛うじて分かるといったレベルのもので、リケでギリギリ分かるかどうか、他の家族では変わっていないと思ってしまうだろう。
「これをめちゃくちゃ繰り返せば、加工できる、と言っても嘘ではないんだろうが……」
過去の職人が炎の精霊、ないしは「魔力のみの炎」を扱える人に手伝ってもらい、途方もない時間をかけて砕いてインクにした、と考えるのは少々無理があるように思える。
密書一通のコストがやたら跳ね上がりすぎるからだ。
まぁ、ここぞというときにだけ特製のインクを使い、それ以外の場合は代用品で賄うということもできるだろうが、その場合は特製のインクであることが何かを指し示してしまう。
見えないインクというだけでもかなり怪しいだろうに、それ以上に「この手紙は超重要だぜ!」と喧伝するような真似は普通はしないだろうし。
「ダメだった……?」
心配そうな顔で、マリベルが俺の顔を覗き込んだ。
俺はニッコリと笑って彼女の頭を撫でてやる。やはりそこに高温は感じない。
「マリベルのせいじゃないから、心配すんな。俺が頑張るから平気だ」
俺がそう言うと、マリベルはニコーッと満面の笑みを浮かべる。
「それじゃ頑張れ!」
「おう!」
末娘の応援をうけて、俺は一発頬を張って、次の手段を模索するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます