次なる一手

 魔力を抜けば加工できるくらいにはなりそうなので、魔力をこめていない板金に魔力を移す方法でやろうかと考え、準備をしている途中で俺は手を止めた。


「いや、待てよ」


 書いたときには見えていない条件が魔力がこもっていること、だったりすると、もしかするとなかなかに骨が折れるかも知れない。

 もとより簡単に行くとも思ってはいないが、同じものができるのであれば、なるべく手数は減らしておきたい。

 使用用途を考えれば、今後も何度か作ることになりそうだし。


「割れる、割れるかぁ」


 と、俺が独りごちたところで、リケが熱した短剣を水につけていた。ジュウと音がして湯気が立ち上る。鋼を固くする工程であるところの焼入れだ。


「ああ、そうか」


 鋼を焼入れすると、固くなるが脆くなる。そこで焼戻しをして脆さを消すわけだが、日本刀だとこの焼入れのときに割れてしまうこともあるのだそうだ。

 他にも急冷すると割れてしまうものはある。こちらの世界ではそこまで身近ではないのだが、前の世界で身近なところだとガラスだろう。収縮率の関係で割れる。


 このカリオピウムも同じ性質であるかは不明だが、熱した状態で脆くなるか、それで急冷すると脆くなるか、あるいはそのまま砕けるかは試していいように思う。


「よし、それじゃあちょっとやってみよう」


 俺はヤットコでカリオピウムを掴んで、リケに断ってから火床に入れる。魔法の力で風が送り込まれて炭の火が強さを増し、カリオピウムを熱していく。

 鍛冶のチートはこういうときに正解を教えてくれない。正確な温度がわかるのみだ。


「すぐにできちゃったらつまらないでしょ?」


 というウオッチドッグの声が聞こえてくるようでもある。こうやって試行錯誤している間も楽しいのも確かなので、これについては不問に付しておこうと思う。


 やがて、鋼であれば少し加熱し過ぎかなと思える温度まで熱することができた。一度この状態で試してみよう。

 ヤットコで掴みだしてみると、赤熱したカリオピウムが姿をあらわした。それをそのまま金床に置いてみると、いつも鋼で作業をするときのような状態になった。


 さっきまでのように、鎚で叩いてみる。鋼であればキンと音がして形を変えるくらいの力加減。

 キィンと済んだ音が鍛冶場に響く。


「ううむ……」


 そこにあるのは先程までよりも、やや赤みを失っているが、大きさは寸分変わらないカリオピウムの姿である。

 つまりは全く変化がないということだ。まぁ、これで上手くいくようなら、失敗したらしい鍛冶屋もカリオピウムをそのままそっくり返したりはしないか。


 加熱だけでは駄目だと分かったので、今度は急冷を試すことにする。これも以前の鍛冶屋が試していないとは考えにくいが念の為だ。


 再び火床で熱し、赤くなったカリオピウムを水桶にドボンと入れる。鋼のときと同じようにジュウと音がして湯気が立ち上る。

 しばらく置いてカリオピウムを水から引き上げると、加熱する前の姿のままで出てきた。グルグルと手の中で回して確認するも、小さなヒビ一つ入っていない。

 駄目であることを確認するだけの作業になりそうだなと思いつつも、一応金床に置いて鎚で叩いてみたが、やはり結果は変わらなかった。


「うーん。やっぱり普通の手段じゃダメか」


 となれば、少し普通でない手段を使うことにしよう。


「おーい、マリベル、すまんがちょっと手伝ってくれ」


 俺は末の娘、炎の精霊であるマリベルに助けを求めるのだった。

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