ご依頼を承って
ルイ殿下は俺の肩に手を置いたまま言った。
「と言うのも、製法についてはどうも伝えてもらった相手が上手く相続できずに失伝してしまったようなんだ」
「それは何かに残ってて分かったんですか?」
俺の肩に置いた手をルイ殿下は下ろした。
「うん。有り体に言えば『昔の文書』に残ってた。そもそも、このインクについて見つけたのはシュルター嬢……エイゾウくんにはフレデリカ嬢、と言ったほうが分かるかな」
「彼女ですか。確かに彼女ならそういったものを見つけるのが得意そうですね」
フレデリカ・シュルター嬢はマリウスの魔物討伐遠征隊に参加したとき、王家から文官として派遣されてきた少女で、色々な書類を扱うのが大好き、という前の世界でも会社にいれば相当にありがたがられたであろう人物である。
確か男爵だったか子爵だったかくらいの貴族の子だと聞いたことがある。彼女の言う書類とは今現在のものも過去のものも全てひっくるめてで、時折「どこから見つけてきたんだそんな文書」というものも引っ張り出してきて、あれこれ解決しているのだとも聞いている。
そんな彼女だから、城のどこからかそういった文書を見つけてきてもおかしくない。
「その文書に残っていたのは材料を職人に渡したがそのまま戻ってきたことだ。で、シュルター嬢は他の文書も探した。職人に渡した材料がそのまま戻って来るとは何が起きたのかを知るためにね」
ルイ殿下は両手を大きく広げる。
「そうしたら見つかったんだよ。過去に別の職人にその材料を渡して、ほぼ同じくらいの量のインクが納められていたのが。そしてその職人は、材料を返した職人の師匠だった。そんな依頼の流れがある以上、材料を返した職人も最初は製作できるという認識だったことは間違いない」
「なるほど。それにしても、あっさり見つかったんですね」
「まさか。シュルター嬢の手柄だよ。一見するとそれとは分からないようになってた」
肩をすくめるルイ殿下。確かフレデリカ嬢は税関連の仕事をしているはずだが、数として隠されているものをこうやって見つけられる、ということは天職なのでは……。
しかし、フレデリカ嬢の能力が高いことはさておき、である。
「ともかく、よく分からないものだけど頑張って作ってほしい、ということですね」
あけすけな俺の言葉にルイ殿下は苦笑した。
「ま、平たく言えばそうなるね」
条件としてはメギスチウムのときと、そう大きく違うわけではない。あれも加工法はよく分からないまま、指輪を作ってくれという話だった。その過程で妖精の加護までついたのは別の話だし。
あのときは指輪を作ってくれという最終的な形まであったが、インクと広く言っても色々あるので、そこが違いだろう。
「ちなみにペンは一般的なものと考えていいですか?」
「そうだね」
俺がペンについて確認したのは、前の世界でもかなり早い時期に万年筆そのものは開発されていたからである。
この世界のどこかに万年筆か、あるいはその原型があるのかはインストールの知識にないので不明だが、もし王家ではそういうものを使っているとなると、インクとしては少しだけ難易度が上がる。
毛細管現象でペン先にインクを供給するかたちの万年筆なので、金属の粒子でその経路が詰まってしまうと用をなさなくなってしまう。
この世界での一般的なペンはいわゆる「つけペン」の形で、「羽根ペン」と言われて思い浮かべる、水鳥の羽根で作ったものや、高級になると青銅製のものがある。
王室で使われているとなると、おそらくは青銅製のものだろう。その先につけて、紙(羊皮紙でも植物繊維紙でもよい)に擦り付ける事ができればインクとしては機能するだろう。
「では、細かく砕ければ問題なさそうですね」
岩石を細かく粉状になるまで砕いて顔料とする岩絵具の要領で、それを液状のなにかに混ぜて均一に広がってくれればオーケーだろう、作りかた自体はシンプルである。
しかし、それが失伝していると言うことは……。
「そうだね。でも、問題は……」
俺は小さくため息をついたルイ殿下にニヤッと笑いかけた。
「『硬すぎて砕けないこと』ですよね。分かりました、引き受けます」
ヒュウとヘレンの口笛が小さく鳴った。俺の言葉と、ヘレンの口笛を聞いたルイ殿下の顔は、今日一番の笑顔に満ち溢れていた。
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