王弟殿下の頼み事

「頼み事ですか……」


 俺は思わず眉をひそめてしまう。一介の鍛冶屋としてはあまり面倒事に巻き込まれたくない。この状況の時点で、もうすでに巻き込まれている現実からは目を逸らすとして。


「そんなに警戒しないでくれていいよ。政に直接関連しないことは保証しよう」


 ルイ殿下は肩をすくめて苦笑しながら言った。どことなく前の世界のコメディ映画のようでもある。


「君の腕前と、住んでいるところが……この言い方で不快に思ったらすまないが、今回の話には都合が良くてね」


 今度はにっこり笑って両手を広げるルイ殿下。


「稀代の腕前を持ちながら、住んでいるのは皆が恐れて近づかぬ〝黒の森〟! それも十全な防備を固めているときた!」


 そして、ニヤリと悪い顔で笑う。


「内緒で何かを作るのに、これほど適した条件はないだろう?」


 ルイ殿下が言った条件だけを聞くと、学会を追われたマッドサイエンティストがひっそりと僻地で怪しい研究をしている施設みたいだな。実際似たようなもんではあるが。

 でも確かに秘密裏にというなら、うちほど適している場所はない。なにせ一応公的にはいないことになっている人までいるわけだし。


「まあ、仰るとおりですね」

「そうだろう、そうだろう」


 腕を組み満足気に頷くルイ殿下。殿下はすぐに腕を解き、真剣な顔になる。


「政に直接は関係しないが、間接的には関連することでね。君にはインクを作って欲しいんだ」

「インク……ですか?」


 この世界でもインクは比較的一般に存在する。植物の瘤から抽出したものと、酢、それに鉄くずを混ぜて作る「没食子インク」と呼ばれるものが主流だが、油などを燃やしたときに出る「すす」を集めて生成した墨も北方などからわずかに入ってきている。

 だが、そのどちらも鍛冶には関係がない。鉄や炭はあるが、インクのために置いているわけではないし。うちにあるインクも確か没食子インクだったはずだ。

 明らかに専門外なのだが、ルイ殿下は腕前を見込んで頼んでくるようである。となれば鍛冶が関係してくるはずなのだが……。


「うん。と言っても勿論普通のインクではないよ。特殊なことをすると見えるようになるインクだ。それにはある金属を加工しないといけないんだけど、その加工法を知っている者がほとんどいないんだよね」


 ルイ殿下がやれやれと頭を振った。なるほど、それなら鍛冶屋の領分にはなってくるか。


「君はメギスチウムの加工もできると聞いたしね」


 侯爵かマリウスか、どちらかが伝えたんだろうな。いや、マリウスの指には今もその指輪が輝いているから、ルイ殿下が興味を持って聞いた可能性も結構あるな。

 興味を持つ、と言えばうちの家族は皆好奇心が旺盛なんだった。その中で1人、興味を持ってもらってはまずそうな家族がいる。


「我が家には帝国の皇女殿下もいますよ? 私は家族に隠れて仕事をしたくないんですが」


 アンネは皇位継承権の順としては高くはないが、バリバリの帝室関係者である。一緒にいるところで作業をすれば隠すも何もない。


「そこは大丈夫だよ。主に帝国とのやりとりで使うものになるだろうし」


 つまり、そういうものがあるのは帝国にも分かるので同じこと、というわけか。そこまで織り込んでいるなら、作業自体はやってもいいか。

 未知の金属を扱うのはワクワクするのも正直なところだし。


「なるほど、試作して加工法を探り、お伝えすればよろしいのですね?」

「いや、違うよ?」


 俺の言葉に、キョトンとした顔のルイ殿下。


「エイゾウくんには生産を続けてほしいんだよね。知っている人間は少ない方が良いし。それにこれは予感なんだけどね」


 ポンと俺の肩に手を置いて、ルイ殿下は言った。


「当面は君にしか作れないものになると思う」

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