都に繰り出す
都の中心部にある広場に、俺とヘレンは立っていた。
石畳の道が整然と敷かれ、周囲には木と石でできた建造物が建ち並んでいる。
だが、その穏やかな佇まいとは裏腹に、人々の表情には若干の緊張感が漂っている。
〝遺跡〟発見の報は、それが問題ないものであるか、益をもたらすと確定するまでは不安を招く代物でしかないからな。
けれども、だからといって日常を止めるわけにはいかない。人々は不安を胸に秘めながらも、懸命に平常心を保とうとしていた。
「こんな時に店を見てまわるなんて、ちょっと場違いな気もするけどな」
俺がぼやくと、ヘレンが肩をすくめた。
「ま、準備にでてきたけど息抜きも必要だろ。いつまでもカリカリしてたって仕方ない」
俺とヘレンは結局今日のところは特にしなければならないこともないので、明日の役に立ちそうな道具があれば揃えるために、市街のほうにやってきたのだ。
ヘレンが言うようにどちらかといえば、明日に備えての息抜きという面が大きいが。揃えるのが目的なら、都にあるカミロの店に行けば事足りるからな。
貴族達が住み、いつにも増して静かな内街を出て(出る時にはあのとても「強い」通行証が役に立った)、多少は賑やかなこちらは少しだけ人心地つく感じがする。
森に住んでいて、すっかりそこでの生活に慣れているとはいえ、前の世界の感覚が抜けきらない今は、このちょっとした喧噪にも心地よさがある。
「じゃ、あの店から覗いてみるか」
俺が指差したのは、道具を扱っている出店だ。ちょっとした屋台のようなところに、所狭しと道具が並べられている。
普通、ああいった道具を並べていても、街を行き交う人々が買うことはあまりないのだが、最近少し増えていたという「探索者」たちになら売れるかもしれない、という目論見があるんだろうな。
「いらっしゃい」
愛想良く応対してくれた店主に微笑み返しながら俺が手に取ったのは、鎚だった。
職人の手で丹念に作られた品物で、バランスが良い。
「悪くないな。材質も上等だ」
「でしょう? この鎚なら、どこでだって役に立つよ」
店主が得意げに言う。
確かに質は高いが、うちのものと比べればほんの僅か落ちる。
とはいえ、ここまでのものを量産できる技術は普遍的に存在するということだな。
「エイゾウ、こっちも見てみな」
ヘレンが手招きをする。
彼女が見つめているのは、飾り金具だった。黄金に輝く装飾品の数々。美しく繊細な意匠が施されている。
「おお、これは細かい仕事だな」
俺は感嘆のため息をもらした。
鍛冶というのは実用一点張りと思われがちだが、美の探求も欠かせない。この金具を作った職人の美意識の高さには、脱帽せざるを得ない。
「探索者」たちも自分の道具の区別やちょっとしたオシャレにこういうものを買い求めたりするんだろうな。
「うちは、装飾品も負けていませんよ」
そう言って、店主は自慢げに笑う。
「確かに素晴らしい品ぞろえだ。参考になるな」
俺は真摯な眼差しで頷いた。うちの製品はこう無骨が過ぎるように思う。
ちょっとした装飾や、最近になって着色をするようになってきたが、もう少しこういった細かい装飾というものも習得していかねば。
俺とヘレンは店主に見せて貰った礼を言って、その場を離れた。
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