街の朝

 楽しかった夕食の時間も過ぎ、お開きになった後(片付けの手伝いは朝以上に丁重に固辞された)、俺は今日もベッドに潜り込むことが出来た。

 2日間、完全に集中した状態を維持していたのなんて、いつ以来だろう。


 前の世界にいた頃、似たような経験をしたことがあるが、あれはブラックな労働環境で致し方なくだったし、そのあとも結局寝たのは机でだった。

 やりたくてやって、その後ちゃんとしたベッドで寝られるってのは幸せなんだな。

 そんなことをつらつらと考えているうちに、意識が眠りの底へと落ちていった。


 朝の光が目を突き刺して、俺は目を覚ました。随分ぐっすり寝ていた気がする。興奮して朝日が差すよりも早くに起きてたから、余計にそう感じるのかも知れないが。


 身体を起こし、目を擦りながら部屋の外に出て食堂を経由し外に出る。途中で家族には会わなかった。

 どうやら全員まだお休み中らしい。

 そのまま〝家〟の外に出ると、〝いつも〟のように、娘たちに出迎えられる。


「クルルル」 

「わふわふ」

「キュッ」


 皆がまだ起きてきていないことを知っているのか、おはようの声が小さい。


「おはよ」

「おう」


 同じように小さく声をかけてきたのはマリベルだ。今は光もほとんど出ていない。


「夜中は出てたのか?」

「うん」


 マリベルは頷いた。昼間は姿を消している。妖精がいるだけでも結構な騒ぎになるのに、火の精霊となったらどうなるか知れたものではない。

 流石にずっと消えっぱなしではなく、誰も見ない夜中だけは他の娘たちと一緒に寝るからだろう、姿を出していたようだ。


「身体は大丈夫か?」

「うん、平気」


 妖精と同じかそれ以上に身体を魔力で維持している精霊である。魔力がほとんどない街では補給が出来ないのだが、まだ大丈夫なようだ。

 それなら、娘たちやリディも平気そうだな。彼女たちには悪いが、いずれどれくらいまでなら平気かは確認の必要があるな……。


「すまんな」

「ううん」


 俺は頭を下げ、マリベルは頭を振った。


「いつもと違うのも楽しいし」

「そうか、そう言ってくれると助かる」


 言うと、マリベルはニッコリ笑い、姿を消した。俺の耳にもマリベルが姿を消した理由が聞こえている。


「あれ? 今誰かと話してませんでした?」

「いいえ? ずっと1人でしたよ」


 近づいてきていたのはペトラさんだ。


「それより、すみません。なんだかお一人だけ余所に追いやってしまって」

「いえいえ、お気になさらず」


 ペトラさんは鍛冶を手伝ってくれていたが、彼女は別のところで寝泊まりしているのだとかで、食事は一緒にしていない。

 いずれお客さんとして、うちの工房に招くのもいいかも知れないな。その時は特注品を作ってはやれないが。


「ここ2日くらいは起きるのが早かったみたいですけど、いつもはこれくらいの時間に?」

「どうですかね。もうちょっと早い時間なような」


 時計がない我が家である。正確な時間は計りようがない。それに加えて、木々のせいでいつも少し暗めなのだ。

 それでも、身体の感覚から言っていつもはもう1時間ほど早い時間に起きていると思う。


「え、そうなんですか?」

「ええまあ。水汲みとかしてますから……」


 そういうと、ペトラさんは目を丸くした。ああそうか、普通はそういうのって弟子の仕事だよな……。


「あれ、ペトラさんは今日は朝からこちらにいらしてなにを?」


 基本的に彼女がする仕事はもうないので、我々の中では昼前まで寝ていたとしても問題ないはずなのだが。朝食も別にとっているようだし。


「ああ、この後は私も帰るだけですので、皆さんと最後に朝食をご一緒できればなと。もちろん、ご迷惑でなければ」

「迷惑だなんてとんでもない。皆喜びますよ」


 人懐っこい、と言うと非常に語弊はあるが、基本的に我が家はお客さんがくることそのものは好んでいるように思う。

 なので、ペトラさんが朝食に加わったところで、顔をしかめる家族はいないだろう。


「それじゃあ、皆を起こしますか」

「そうですね」


 俺とペトラさんは、顔を見合わせて笑うのだった。



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