友人の妻が欲しいもの

 ボーマンさんがワインを杯に注いでくれて、マリウスが座ったままそれを掲げる。かしこまった場ではないので、立って長々と挨拶をしたりとかはない。


「我々の友情に乾杯!」


 シンプルな音頭だけだ。俺たちもそれに合わせて杯を掲げた。


「乾杯!」


 こうして、友人夫妻との夕食の時間が始まった。


「2人はどうだった?」

「のんびりくつろいでましたよ」

「アタシたちが行ったらはしゃいでたけど」


 俺がクルルとルーシーの様子を聞くと、リケとサーミャから返事がきた。くつろいでいた、ということはマティスにはすぐに懐いてくれたんだな。

 彼は話すときに色々と省略しすぎるし、話し方がぶっきらぼうなので勘違いされやすいが、よく気の回る優しい男なのだ。うちの娘にはそれが分かったんだろうな。


「本当に可愛らしい子達でした」


 そう言ったのは、マリウスの奥さんであるジュリーさんだった。

 俺は思わず「そうでしょうそうでしょう」と言いそうになるのをこらえて、ニッコリと微笑むだけにとどめた。そうしないと夕食の時間中ずっとその話をしそうだったからである。


 よほど気に入ったのか、スープをなかなかの速度で飲む合間にリディが言った。


「皆で一緒に遊んだんですよ」

「さっきまで、ずっと?」

「ええ」


 リディは頷いた。俺とマリウスが話しこんでいる間だから、結構な時間遊んでいたんだな。途中でリディが止めなかったということは、魔力についてはなんの問題も無かったようだ。

 小さくため息をついてディアナが言う。


「今日はジュリーが一番はしゃいでたわね」

「もしできるなら、あんな可愛い子達がうちにもいるといいなと思ったわ」


 ジュリーさんはそう言ってフフと微笑んだ。それを見て、今度はマリウスが小さくため息をつく。

 どことなくディアナと同じようなため息のつきかたで、やはりこの2人は兄妹なのだなぁと思わされる。

 そのマリウスがジュリーさんに向かって微笑んだ。


「うちにいる動物といえば馬かな。犬は飼ってないし」

「あの子たちも可愛いけど、あまり一緒に遊んだりはできないでしょう?」

「乗るのはどうだい?」

「うーん、一緒に走ったりしたいかしら」

「賢いから出来るとは思うけど」


 うちの子達は人と並んで走るのにかなり慣れている。クルルはやれば出来るだろうが、騎乗したことは一度もないから、むしろ並んで走るほうが得意まである。

 ちなみにこの屋敷、つまりエイムール邸にいるのはサラブレッドのような本当に「走るための馬」というよりは、ややばんに近い種だ。

 とはいえ、ばんえい競馬にいるようなのほどはゴツくなくて、ちょうどサラブレッドと輓馬の間くらいなイメージである。

 そういえば、ここの子たちは魔物討伐にもついてきていたようだった。マリウスだけでも従者だのを連れて行って、補給することを考えたら当たり前だけど。


 そんな馬だと一緒に走って遊ぶというのは少し苦手かも知れない。騎乗にも慣れてはいないだろうが、乗用に適さない種ではないはずだ。

 おとなしいらしいし、すぐに慣れるだろうから、乗るのを提案したマリウスの言葉も間違いではない。

 まぁ、うちのお嬢さんがたはリディも含めて大概丈夫なので多少クルルと当たった程度ではなんともないだろうが、か細いイメージのジュリーさんが馬に当たったらと考えるとぞっとしないのも理解出来るし。


「犬……狼のほうはともかく」


 俺がルーシーの事を犬と言おうとしたところ、ディアナが視線を送ってきたので、俺は狼と言い直した。そこまで言ってあるのね。

 友人夫妻の目も俺のほうを見る。


「走竜のほうはカミロが譲ってくれたから、一回聞いてみたらどうだ? 飯を食うかはその子によって違うようだが」


 俺は少しばかりの嘘をついた。クルルがあまり飯を食わないのは〝黒の森〟の魔力で補えているからで、個体差的なものではない。

 ドラゴン全部がそうなのかは知らないが、魔力で補えない分は食事で補うことができるので、魔力が薄い地域に住んでいる走竜は飯をよく食う。

 実際、クルルもうちに来るまではやたらと飯を食ったそうだからな。


 俺の言葉に目をキラキラと輝かせて自分の夫を見るジュリーさん。うーんと考え込むマリウス。

 そんな2人の様子を俺たちはニコニコと微笑ましく見守るのだった。

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