お墨付き

 王国王家と帝国皇帝の紋章、つまり、その両方から身分を保障されているということだ。


「王国側の紋章が国王陛下の紋章でないのは、つまり、そういうことですか?」

「ええ。国王陛下が個人で後ろ盾をしているわけではない、ということです。当然、ご兄弟やご子息も同様です。王国王家……といっても一部ですが、そちらの後ろ盾はあるのでご心配なく」


 マリウスは何度目になるか分からない微笑みをアンネに返した。


「それでは父上……帝国皇帝陛下のものは?」

「それは……」


 マリウスは困ったような顔をした。


「帝国としての紋章で結構です、と申し上げたのですが、入っていたのは皇帝陛下のものでして……」


 それを聞いて、アンネが大きな大きなため息をつく。その向こう側に皇帝陛下の悪戯っぽい笑顔が見えたような気がする。


「きっと面白がって入れたのでしょうね。帝国として問題ないのであれば結構です」

「持っていらした使者の方も困惑しておられました」

「説明と違うものが入ってたんでしょうね」

「ええ。お父上は帝国の紋章を入れたとご説明なさったようで」

「あのお方のやりそうなことです」


 アンネはもう一度ため息をついた。


「ええと、つまりどういうことなんだ?」


 やりとりを把握しきれなかったのか、ヘレンがそう聞いた。彼女も別に頭が悪いわけではないのだが、いかんせん生きてきた世界が違いすぎるからな。

 アンネがヘレンのほうに向いて、説明をする。


「これを持っていると、基本的には王国内では王家の誰か、帝国内では皇帝陛下が持ち主の身分を保障してくれるのよ。まぁ、実際には王国内であっても皇帝陛下個人の紋章入りとなれば、充分な保障になるでしょうね」

「へぇ」


 ヘレンが生返事を返した。いまいち凄さを理解しにくいところはあるな。


「……つまり、王国と帝国のどの町へも自由に入れるし、外街と内街の往来も自由」


 アンネはここで言葉を切った。ある程度は理解出来ているはずディアナ、そして分からぬはずもない侯爵とマリウス、カミロまでもがシンとしている。


「王国と帝国間の行き来も自由よ」

「え、めっちゃ便利じゃないか」

「便利よ」


 本来、王国と帝国に限らず国境を越えることはそこそこ困難だ。行商人を含む商人や、迷宮を探す探索者達であればまだしも、通常の人間――例えばただの鍛冶屋――がおいそれと行き来できるようなものではない。

 600年前の大戦以前はほぼ不可能と言っていいほどだったようだが、それよりもかなりマシになった現在でも、楽々通れるわけではない。


 だが、今俺たちの目の前に置かれたこの通行証があれば顔パス同然に国境を通過できる。それも素性を探られずにだ。

 何せ王国王家と帝国皇帝の保障があるわけである。そこで素性を探るような真似をすれば、その両者を疑うことになる(勿論、紋章の真贋は確認されるだろうが)。ヘタをすればクビが飛びかねない。

 横合いからマリウスが口を挟んだ。


「それだけに気をつけて欲しいのですが……」

「決して失うな、奪われるな、でしょう?」


 アンネは今度は微笑んだ。やや含みのある感じだが、かなり素直に微笑んでいる。マリウスは頷いた。


「それで、これでいかがでしょうか」


 マリウスの言葉に、アンネが俺のほうを見やった。俺は一も二もなく頷く。エイムール家の通行証でもあれば助かるなぁと思っていた矢先だ。渡りに船と言うよりない。


「それでは、よろしくお願いしますね」


 そして、マリウスは思い出したかのように付け加える。


「ああ、そうそう、ちなみにその会談は明日です」


 一様に目を丸くする俺たちを見て、マリウスは作り物っぽくない、いつもの笑みを浮かべるのだった。

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