おすそわけ

 リディ(とディアナ)に後を任せて、夕飯の準備をしていると、カリカリとドアを引っ掻く音がした。

 パタパタとサーミャが走ってドアを開けてやると、なぜかフンスと鼻息も荒くルーシーが入ってきた。

 ルーシーは家に入るなり俺に駆け寄ってきて、前脚でたしたしと俺の足を叩いた。


「なんだ、もうお腹がすいたのか?」


 いつものご飯の時間には少し早い。お出かけもしたし、いつもより腹が減るのが早いのだろうか。

 幸いにしてルーシーのご飯には味をつけないので、先に準備を済ませてある。あまり熱々で出せない、と言う理由もあるが。

 ともかく、今要求されてもすぐに出せる状態だ。


「わん!」

「よしよし、じゃあ準備しような」


 しゃがんで頭を撫でてやると、パタパタと尻尾を振るルーシー。俺は立ち上がると、先に焼いて切り分けておいた肉を皿に取って、テーブルのそばまで運ぶ。

 その間、ルーシーは尻尾を振りながら俺の足下をグルグルと回る。


「こらこら」

「わんわん」


 蹴飛ばしてしまったりしないように、気をつけて運ぶ。特にこぼれたりするようなものではないが、スープを運ぶような慎重さになってしまった。


「エイゾウはルーシーに甘いんだよなぁ」


 そんな様子を眺めていたサーミャが腕を組み、ため息をつきながら言った。


「あら、クルルとハヤテにも甘いわよ」


 狸の様子をリディと一緒に見ているディアナがまぜっかえす。何故か少しドヤ顔である。

 ううむ、あまり自覚はないのだが、言われてみればそんな気もする。今もまだメシの時間ではないのに、ルーシーにご飯をあげようとしているわけだし。


「いや、でもこれくらいは……」


 と、無駄と分かりつつ抵抗しようとしてみたが、その場にいる全員から「そういうとこだぞ」と言わんばかりの視線を浴びてしまった。ですよね。

 俺は少し身を縮こまらせて、テーブルのそばに皿を置く。ルーシーは置かれた皿の肉をガツガツと食べ始めた。

 火の様子を見ていないといけない工程ももうないので、俺はルーシーが食べる様子をちょっと離れて眺める。


「デカくなってきて……るよなぁ」

「そうねぇ」


 いつの間にかディアナが隣に来ていた。チラリと狸のほうを見ると、ディアナと入れ替わるようにアンネが見ている。

 さっき扉を開けてやっていたサーミャはというと、居間の片隅でリケから裁縫を教わっているようだ。うちで一番器用なのはリケだからな。サーミャは手が身体に比して大きいので、多少苦戦しているようである。


 そんなわけで、今ルーシーを見ているのは俺とディアナの2人である。


「明らかに皿が小さくなったように見えるよな」

「うん。前は頭よりもお皿のほうが大きかったもの」


 もちろん、皿の大きさは変わっていない。つまりはルーシーが大きくなったということだ。

 まぁ、ぶつかってくるときの勢いとか、荷車に一発で上がれるようになったとか成長を実感する瞬間は様々あったが、こう見ると改めて実感があるなぁ。


「そのうちシュッとするのかね」

「森の子たちみたいに?」

「うん」


 この“黒の森”にいる狼たちは基本シュッとしている。ルーシーの母親もそうだった。いつかはルーシーもシュッとした格好いい狼になるはずである。厳密には狼の魔物だけど、基本的な外見はあまり変わらないだろうとリディも言っていた。


「少なくとも食べてるもののせいでコロコロとしている、なんてことは避けたいな」

「それは……うん、そうかも」


 ディアナは少し間を空けてから頷いた。彼女の考えたことは分かる。


「コロコロしたルーシーも可愛くていいのではないか」


 ほぼこれであっていると思う。俺も少しそう思ったし。でも、流石に獣医などいないこの世界である。肥満で身体を壊してもその治療は難しいだろう。その方面での負担はかけないようにしてやらないとなぁ。


 やがて、ルーシーは満足したのか、自分の口の周りをペロリとやった。しかし、見てみると皿にはまだ肉が一切れ残っている。


「ルーシー、まだ残っ……」


 俺がルーシーに言おうとすると、彼女はその残った肉を咥えた。デザート代わり、ということだろうか。

 そう言えば、時々小屋のほうに肉を持って帰るときがある。毎回ではないので、気が向いたときのお姉ちゃんたちへのお土産にしているか、後で夜食にでもしているのかも知れない。

 今回もきっとそれだろう、と思っていたのだが、違っていた。


 ルーシーは肉を咥えたまま、トテテテと狸のほうに小走りで近寄ると、ポテリとそばに肉を置いたのだ。

 久方ぶりに俺の肩に衝撃が走る。そう言えば最近はちょっと離れてたりしたから無かったなぁ……。


「賢いわねぇ」


 ディアナの顔は俺からは見えないが、デレッデレの声を聞けば見るまでもないことは誰でも分かろうというものだ。

 近くに肉を置かれた狸がもぞり、と動いた。もふもふした毛の塊のようだったところにから、ぴょこりと頭が生えてくる。その頭は丸っこくてやはり狸のように見える。


 狸は頭をぐるりと巡らせる。鼻先が肉のあるほうに近づくと、ぴょこりと体を起こした。毛の塊に頭と足が生えたようなフォルム。

 印象としてはやはり狸だが、さらに丸っこく見える。文福茶釜の茶釜部分も毛、みたいな。もちろん前の世界でそんな生物は見たことがないので、こっちにしかいない生物なのだろうな。呼び方としては狸で問題なさそうだけど。


 そのコロコロとしたのが、肉に近寄るとむしゃむしゃ食べ始めた。しまった、床から食わせてしまった。ルーシーのでいいから皿を持ってくればよかったな。

 そんな俺の焦りを他所に狸はあっという間に肉を平らげていく。すっかり全てを胃に収めたかと思ったら、けぷりと小さくげっぷをするような動きをした。

 いや、多分タイミング的にげっぷのように見えただけで、多分他の何かだろうが。

 狸は周囲をキョロキョロ見回す。今、その目には俺たち家族とルーシーの姿がうつっているはずだ。


 その狸の目が少し見開かれたような、そんな風に見えた次の瞬間、狸はぺたりと地面に伏せた。

 すわ、何かあったのかと心配したが、その次に聞こえてきたのはスヤスヤと安らかな寝息。

 とりあえず何か危ないことではなさそうだが、今度起きた時にどうしてあげるのがベストだろうか、俺はルーシーの頭を「えらいぞ」と撫でてやりながら、そんなことを考えた。

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