別れか、否か
ルーシーはしばらく狸を眺めた後、すぐに出ていった。
「あの子なりに気にしていたみたいだな」
「そうねぇ」
今はもう閉まっている扉の方を見てディアナが言った。帰ってくるときも子供たちは近寄りたそうにしていたからなぁ。状態が分かってない以上近寄らせるわけにもいかなかったが。
「とりあえず、夕飯の用意を済ませるよ」
狸は相変わらずスヤスヤと寝息を立てている。肉を食った後パタリと寝入ってしまったが、リディが元の場所に戻した。
リディがこちらを見て頷く。狸もとりあえずは大事なさそうだ。俺は肩をグルグル回しながら台所へ向かった。
「そうだなぁ……」
俺は天井を見上げた。夕食後、片付けを終えて皆が好きな飲み物を楽しんでいる時間。勿論話題に上っているのは今も片隅でスヤスヤと寝ている狸のことだ。
「俺とディアナ、あとリディもかな。3人はあの子に任せる、で一致はしてる」
「いつの間に」
そう言って目を丸くしたのはアンネだ。
「飯の準備を始めるちょっと前かな」
「ああ、あの時」
俺は頷く。アンネも納得がいったのかうんうんと首を振っている。
「でも3人がそう言ってて、そのうち1人が親方ならもう決まってませんか?」
リケが火酒を一口呑んで言った。俺とディアナとリディは決まっていて、そうでないのはサーミャ、リケ、ヘレンとアンネだ。人数で言えば決まってないほうが多いのだが、リケにしてみれば1人の差は関係ないらしい。
まぁ、世帯主がそうすると言ってしまうと、この世界のこの時代ではなかなか反対する感じにはならないか。
「と言うか、アタシはそうするもんだと思ってた」
「アタイも」
サーミャと、彼女に続いてヘレンが意見を表明する。これで人数的にも過半数を超えてしまった。
流れでリケとアンネが乗り遅れた形にはなったが、
「私も反対じゃないですね」
「わたし一人反対してもねぇ……。反対する理由もないし」
結局のところ、満場一致になった。何が何でも留めておかなければいけない理由が……ないこともないが、特にはないと言っていいだろう。
それにそもそもクルルもルーシーも、ハヤテも状態としては変わらないのだ。特にどこかに繋いでいるわけでもないし。
特にルーシーは森に帰るならそれはそれで彼女の選択を尊重しようと思っている。例え魔物であったとしても、ルーシーはこの“黒の森”生まれなのだから、むしろそっちの方が自然ではあるのだ。
とは言え、一度うちで預かると決めたものをホイホイと放棄してしまうのも無責任の誹りを免れまい。居なくなったら総出で探すだろうな。
ほぼ間違いなく責任感から、というわけではないだろうが。
サーミャが半分はふざけてだろう、手を挙げて言った。
「それじゃ、ちょっと扉開けとくか?」
「確かに、朝起きたときに勝手に出て行けるようにしておいたほうがいいかも知れないなぁ。お互いに気兼ねがない」
「だろ?」
少し得意げにするサーミャに俺は頷いた。ほんの僅かの時間しか接していなくとも、別れというのは寂しいものだ。「ああ、いないのか」で終わるのも寂しさはあるだろうが、その場合はすぐに諦めがつくように思う。
悪意あるものの存在があるうえで防犯を考えれば、まったく褒められた対応ではないだろうが、“黒の森”の奥地、家の戸を一晩少し開けていたくらいなら平気だと思う。
それにめいめいの部屋には別に閂があるのだし、即座にマズいことにはならないだろう。
俺はみんなにそれを言った。
「確かにそうね」
うんうんと頷いているのはディアナだ。
「皆寝てても、何かあればアタイが起きるよ」
と、ヘレンが胸を張る。ここでの生活にすっかり馴染んだとは言っても、プロの傭兵だからな。夕方にやっている剣の稽古――稽古、と言うより訓練に近くなってきているらしいが――の話を聞いても鈍っているようなことはあるまい。
「周囲に鳴子を仕掛けてあるし、ドアにもついてる。狸が通れるくらいにだけ開けておいたら、人間が通ろうとしたら分かるでしょうね」
と、これはアンネだ。少しずつ要塞化してきてるからなぁ、うち。出入り口もそのうちなんらかの強化を図ろうかな。
「よし、それじゃあサーミャの案でいこう」
皆から了解の声が比較的小さく響く。狸が寝てるからな。
起きた時、あの子がそこで寝ているか、はたまた居なくなっているか。どっちだろうと思いつつ、皆に「今日は早めに寝るんだぞ」と言い残し、俺は自分の部屋に引っ込んだ。
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