作るもの

「やっぱり鎧は作らないんですか?」

「鎧なぁ……」


 一通りの冬支度を終え、ちょっと空いた時間でクロスボウの試作品に取りかかり、まずは機構を作ってみるかと部品に取りかかった俺にリケが聞いてきた。

 俺は手を止めずに答えた。


「ヘレンのは家族だし作ったけど、やっぱりありゃあ時間がかかりすぎる」


 日用品を作らないのは他の鍛冶屋の商売敵になる機会をいたずらに増やしたくないからだが、鎧を作らないのは単純に手間の問題だ。

 要所要所を覆うだけの、ただの鉄板のようなものでいい(それこそビキニアーマーのようなもの)ならどうとでもなるが、そうもいかない。身体の動きを阻害せず、しかして致命箇所は守らなければいけないとなると、チートによってほぼ一発で形を作れるとしてもそれなりの時間をかける必要がある。


 それも、作れるのは板金の部分だけで、そこに鎖帷子もとなると、チートを持ってしても1ヶ月で出来るかどうかといったくらいではなかろうか。

 あれ、輪っかを1つ1つ作った上で、それを繋いでいかないとダメなんだよね……。


 そして、そうまでしても作れるのはたった1人分なのだ。最初に作ったものがナイフや剣だったせいなのか、はたまた前の世界の職業ゆえか、なるべくなら大勢の人に自分の製品を使ってもらいたいという思いが強い。

 二度目の人生で若返っているとはいえ、いつまでも出来るものでもないだろう。10年も経てば前の世界の身体年齢に追いついてしまうし。


 もう少し若い年齢であれば良かっただろうか、と思うこともないではないが、それなり以上の腕前の鍛冶屋となれば、20代そこそこでは天才にもほどがあって怪しすぎるだろう。

 今でも十分過ぎるくらい怪しいのに。


「親方の作る鎧って興味ありますけどね」

「よほど珍しい素材でも入手できればかな……」


 例えばドラゴンの鱗とかな。俺は見たことないけど、ドラゴン。アダマンタイトにヒヒイロカネはうちにあるし、あれはいずれ何かの武器に仕立てようと思っているから、やはりドラゴンの鱗なんかの、イメージとして剣にはしにくそうな素材が手に入ったら、だな。


「うーん、残念」


 心底がっかりしたように言うリケの頭をクシャリと撫でる。鍛冶場には今、他に誰もいない。


 サーミャ達は今日も狩りに出ている。とは言っても、肉は十分に得たので半分は休みみたいなもので、どちらかと言えばパトロールに近いことをしてくると、サーミャが言っていた。

 前の世界でも冬眠し損ねた熊は凶暴であるという話があった。実際にそれで大きな被害が出た事件も発生している。

 サーミャ達がやるのはその兆候がないかのチェックらしい。やけにあちこちをうろついている足跡がないかや、変に食い散らかされている跡がないかだ。


 前者の足跡のトレースはサーミャが得意なのは勿論、ヘレンも傭兵の嗜みとでも言おうか、「最近は獣のも分かるようになってきた」そうである。

 そのうち野伏レンジャーにもなれるんじゃないか。脳内に前の世界のゲーム風にジョブチェンジしたヘレンの姿が思い浮かんで、俺は頭を振ってそれを追いやる。


 後者についてはリディも分かるらしい。「森の危険、という意味ではあそこも同じですからね」とのことだった。あそことはリディ達が住んでいた森だ。

 この“黒の森”がここらでは一番危険な場所らしいが、どこだろうと森である時点で、ある程度危険なことには変わりない。ここに住んでると色々忘れそうになるけど。

 何せ“黒の森”の主認定の「最強戦力」らしいからな。鍛冶屋の身でそれもどうなのかと甚だ遺憾に感じる部分はあるが。


 ともあれ、そうやって森の危険度を探りつつ、もしこの時期にとれる木の実や薬になる植物があれば、それを採集してくるという重大な任務を今、サーミャ達は行っているわけである。

 ……娘3人はピクニックくらいに思ってそうだけど。


 森の中を白い息を吐いて走り回る娘達の姿を思い浮かべながら、俺は再び自分の作業に戻るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る