小さな収穫祭

 数日後、俺達はテラスの外にテーブルを運び出して、屋外で夕食をとっていた。

 これからはもっと寒くなり、これをするには厳しい季節になっていく。なので、できるうちにやり納めをしておこうというわけである。

 今日は畑でとれた野菜もふんだんに使っている。生野菜、というわけにはいかないが、温野菜にワインビネガー(わざわざ買ったわけではなく、新しくワインを買ったときに残りで作った)を使ったドレッシングをかけたのも用意した。

 あとは猪肉や鹿肉のソテーに芋やニンジンっぽいのを湯がいて付け合わせにしたり、だ。

 いつもは魔法の明かりと焚き火が1つきりだが、今日は焚き火を2つに増やしてある。だからというわけでもないが、まだ調理していない、串を刺して塩コショウしただけの肉も用意しておいた。適当に炙って食うのもたまには良いかなと思ったのだ。

 そこにワインと火酒があれば、ささやかだが十分なごちそうである。


 乾杯の声が澄み渡り、星々がさんざめく夜空の下行われる小さな収穫祭に響く。いつもなら家族だけの小ぢんまり――と言っても総勢10名の大所帯でもあるが――とした宴に、今日はゲストがいた。


「北方風の味のものってはじめて食べたけど、美味しいわね! これ!」


 そう言って大層ご機嫌に肉を頬張り、ワインを呑んでいるのはリュイサさんだ。彼女は樹木精霊ドライアドであり、この世界の根幹の1つである“大地の竜”に繋がる存在であり、この“黒の森”の主のような存在である。


「喜んでいただけるのは嬉しいんですが、その……大丈夫なんですか?」


 俺は思わずそう言った。この森の自然の頂点とも言えるリュイサさんが、この森でとれたもの(ワインは違うけど)に舌鼓を打っている姿には若干の違和感を覚えないでもなかったからである。

 だが、彼女はキョトンと目を丸くしている。


「え? なにが?」

「いや、出しておいて言うのもなんですが、その肉って、この森の動物のものなわけですけど良かったのかなと」

「ああ」


 リュイサさんはニッコリと微笑んだ。「慈母の微笑」というタイトルで絵を描けと言われたら、今の彼女をモデルにするかも知れない。


「こうして捕らえられて、食べられるのは自然の営みの1つでしょ? エイゾウくんが気にすることないわよ」

「それなら良いんですが」


 俺は苦笑した。聞きたかったのはそこではないのだが、本人がいいと言うなら気にしないようにしておこう。

 そしてその傍らで、


「ほわぁ」


 と声をあげたのは小さな、人形のような姿。妖精族の長であるジゼルさんだ。炙ったばかりの肉をディアナに切り分けてもらい、頬張ったところのようである。


「こういうのは普段食べないので……」


 クスリと笑ったディアナに向かって、照れくさそうにジゼルさんは言った。体が小さいから、捕まえたとしてウサギあたりが限度だろうし、猪や鹿の肉にはあまり縁がないだろう。以前うちに来たときにも食事は出したが、それとはまた違ったものだし。喜んでくれているなら出したかいがある。


 2人がなぜいるのかというと、リュイサさんは温泉に来たついでに立ち寄ったところ、ジゼルさんは連絡がないかと確認に来たところで、丁度俺達が準備をしているところに出くわし、そのまま誘ったのだ。

 最初ジゼルさんは「いえいえ、悪いですし」と遠慮していたが、十分に量があることと、そもそもジゼルさんは身体の大きさ的にもそんなに食べないでしょうと説得すると興味はあったのか、あっさり参加を決めてくれた。

 リュイサさんは俺達が誘うより前に、何の準備か説明した時点で参加を決めていた。準備を手伝ってくれたけど。


 やはり、森の動物達も冬支度をはじめているらしい。リュイサさんが温泉に来たのはその見回りのついでだったのだそうだ。本人曰くは、だが。

 ジゼルさんも同じように、植物たちの様子を見るついでに連絡板を見に来てくれたらしい。最近はあの奇病が発生することはなく、リージャさんもディーピカさんも健康に過ごしているそうだ。


「全ての命が他の生命によらず生きていければ良いんでしょうが、そうはいかないですからね。それはそれとして、いただくものに感謝するのはとてもいいことだと思います」


 ふんわりとお人形さんのようなジゼルさんが笑った。なんだか彼女のほうが“黒の森”の主っぽいなと、失礼なことを内心思ってしまう。


 こうして、期せずしてこの森での最賓客を迎えた収穫祭は、焚き火の火が消えるまで続いたのだった。

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