夜半の来訪者
「じゃあ、途中で気がついてたってことね」
「そうなるな」
家に帰って一通りの用事を済ませた夕食後のこと。ディアナとリディがため息をつき、サーミャが感心をしている。
「と言っても、確証があったわけでもないぞ。『こう考えたら、一番自分が納得できる説明がつくな』って話で、結果としてそれが正しかったというだけだ。言い訳にしかならないけど」
俺が言うと、ディアナは再びため息をつく。
「まぁ、わかったわ。貧乏くじを引いたのが私達なのか、アンネなのかは難しいところだけど」
それを聞いたアンネが肩をすくめた。余計なことにちょっと巻き込んでしまったのは反省点ではあるのだが、周囲から見たら気のせい以上のものでなかったりするかも知れんからなぁ。
「アタイはそれより、“薄氷”を渡したほうがヒヤヒヤしたよ」
「ああ、あれは……いや、すまん」
ボヤくヘレンに俺は素直に頭を下げる。アレは完全にヘレンに甘えてたからな。
「今回は大丈夫だったけど、あの爺さんは結構やるぞ」
「そんなにか?」
「ああ」
ヘレンが頷いた。すぐに彼女はニヤリと笑う。
「ま、こっちもアポイタカラ製の武器だからなんとかできただろうけど」
「それなら……」
そんなに気にする必要はないのではないか。そんな楽観的な言葉は続かなかった。ヘレンが真剣な眼差しになる。
「だからと言って、ホイホイ渡して良いもんじゃないのはちゃんと理解しろよ」
「……はい……」
俺の“薄氷”はアポイタカラ製だ。普通の剣で受けようとすれば、剣ごと斬り裂くことができてしまうだろう。
そんなものを、怪しむべき相手にホイホイ渡してしまうのは迂闊だろうと言われても、それは仕方がない。今後、見せる可能性も考えて、鋼で脇差を一振り打つのも良いかも知れないなぁ。
「それはさておきだ」
我ながら無理矢理な話題転換だったが、皆乗っかってくれたらしく、俺に視線が集中する。
「カレンたちはどうしてくると思う?」
俺が言うと、皆考え込んだ。ややあって、アンネが口を開いた。
「都に行った、と言うことは、上の方から無理やり突っ込んでくる可能性はあるわね」
「兄様がそうするかしら」
「エイムール伯爵は友誼とデメリットを考えたら首を縦には振らないでしょうね」
どこかしらホッとするディアナ。そこへリディが口を挟む。
「となると、侯爵ですか」
「来るとしたらね」
「でも……」
「そう、エイゾウの機嫌を損ねたら、帝国に出奔しかねない……と思うでしょうね」
アンネの言葉に俺は口をとがらせた。
「そんな偏屈なオヤジに見えるかね」
「あら、実際北方からは出てきたわけでしょう?」
「うっ……」
笑って言ったアンネに、俺は言葉をつまらせた。そうだった。事情があって北方から出てきた実績がある――ということになっているのだ、俺は。
その事情は侯爵に説明していないし、この森でないと十全に力を発揮できないことも説明していない。周りから見たとき、俺は厄介事を嫌って北方を出、“黒の森”などというこの世界でも有数の辺鄙な場所に隠れ住むようにやってきた鍛冶屋、なのだ。
そんな男が王国での厄介事に巻き込まれた時、どういう行動をしそうだろうか。しかも、帝国の皇帝と直接会ったことがあり、皇帝の係累が直ぐそばにいるのである。
「それに以前、偏屈な鍛冶屋だって親方自身でおっしゃってませんでした?」
「言った……気がする」
リケが意外と容赦なく俺に追い打ちをかける。俺は堪らず両手を上げた。
「分かった分かった。その点については認めるよ」
そう言うと、家族全員から笑い声が漏れる。
「俺の偏屈さはともかくだ、もし王国に対する何らかの条件と引き換えに、カレンを預かることを承諾しろと言われているから、すまんが頼まれてくれと言われたらどうするかね」
「それに応じないといけない義理は、正直あんまりないわね」
アンネがおとがいに手を当てる。俺が応じないことで王国に多少の不利益が生じても、俺にとって「知ったことではない」のは確かである。
確かなのだが、しかし。俺は頭の後ろで手を組んだ。
「かと言って積極的に断る理由も、実際にはあんまりないんだよなあ」
弟子入りかと思って受けたら産業スパイでした! みたいな話ではあったのだが、単純に技術を身につけて帰りたいだけなら、それは弟子入りではあるのだ。
家族に累が及ぶ可能性もなくはないのだが、それをしていよいよ北方から心離れるようなことはすまい。となれば、後は俺の感情だけになってくる。実際カミロの店で断ったのは、俺の心情の問題も大きかった。
そしてそれは大きな理由ではあるが、呑み込んでしまえばなかったことにできなくはない。それで腹を壊すこともなさそうだしな。
侯爵と伯爵に貸しを作るメリットと天秤にかけてどうなのか、と言われるとなぁ。
なるべくいい形に納めたいのはそうなんだが……。
俺がそう思った時、家の扉がノックされた。家の中は水を打ったように静まりかえり、カチャリ、とヘレンがナイフを手にする音がやけに響く。
クルルやルーシー、ハヤテが騒ぐ声は聞こえなかった。多分知り合いだろうと思うが、用心したほうが良い状況に違いはない。
「はーい」
俺は朗らかに聞こえるよう努力しつつ、そっと扉の方へと向かった。
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