もう少し

 この森の魔力によるものか、はたまた若さゆえか、翌日にはカレンの筋肉痛はおさまったようである。


「今日からまた頑張りますよ!」


 とは本人の言だ。尻尾をブンブン振りながら言っていたので、かなり調子を取り戻したらしい。ちょくちょく様子をうかがったが、確かに普通に動けている。

 まさか魔物化しつつあるんじゃなかろうなと、念の為、作業の合間の休憩時間に、こっそりとリディに確認したところ、フルフルと首を横に振っていたのでそういうわけでもないらしい。


「そもそも人が魔物化することはめったに無いですよ」


 リディは静かに言った。この場合の「人」とは人間族だけでなく、リザードマンや獣人、ドワーフにエルフ、そして巨人族も含まれる。


「まあ、そのめったに無いが起きたのが魔族と言えなくもないんですが」


 魔族も大本をたどればエルフとほぼ同じであるらしい。エルフは生命の維持に魔力を必要とする。なので、魔力の薄い街や都では生活していくのに支障が出てしまうため、リディはこの“黒の森”の我が工房にいるのだ。

 そして、魔族とはつまりエルフと同じように魔力が必要だが、澱んだ魔力しか得られなかった者たちが順応していった結果である、とされている。肌が褐色であること以外の身体的特徴も個人差のあるもの以外はエルフと同じなのも、元は同じ種族だったことの証左と言えるかも知れない。


「逆に言えば、それくらいしかないってことか」

「そうですね」


 つまり、純粋な魔力から生まれるのでなければ、吸血鬼だのバンシー(こっちは精霊や妖精に近いだろうか)といった人型の魔物はこの世界では存在しない、ということになる。インストールにも該当するような知識は無いようだが、元々ないのかインストールに無いだけなのかは分からない。


「とにかく大事にならないなら良かったよ」

「それは大丈夫だと思います」


 専門家のお墨付きをもらったので、カレンの回復は若さだろうと俺は結論づけ、若さとは羨ましいものだよな、と頭から追いやった。


 湯殿と渡り廊下の建築は順調に進んでいった。湯殿は入浴するところの床を張り終えている。廊下は柱を建てるのは終わっているので、長さはあるが舗装と屋根の作業を繰り返すのみだ。

 2日もすれば、それぞれの作業は終わってしまった。

 渡り廊下はその全てが完成した。これで家から温泉まで雨にあんまり濡れずに移動できる。湯殿もほぼ完成している。「すのこ」のように湯の溜まらない床が地面より少し上にあった。床から下に落ちた湯は湯殿のそばに排水用の小さな池(森のみんなが浸かっているのとは別のやつ)に流れ込むようになっている。

 これで、体を洗ったり入浴した後に土で汚れず、湯が溜まって木を駄目にしてしまいにくいというわけだ。当然、定期的なメンテナンスは必要になると思うが、降雨も少なくどちらかと言えば乾燥気味なここならその回数も多くはないだろう……と思う。

 そして、それらがスポンと外から筒抜けになっていた。そう、まだ壁ができていないのだ。壁ができていない理由は一つである。


 ほとんどが出来あがってきた。もうこの時点で結構感慨深いのだが、まだ詰めの作業がある。俺は筒抜けの浴場の前で腰に手を当てていった。


「さて、いよいよ作業も大詰めだな。まずは湯を引っ張ってこないと」

といを作って持ってくるんですよね?」


 リケが言って、俺は顎に手をやる。


「そうだなぁ」


 樋を作って湯殿まで湯を引っ張り、それがそれぞれの浴槽に注ぎ込まれるようにする。浴槽から溢れる分はやはり排水用の池に流れるようにして、そこから更に森のみんなが浸かっている方へと回せばそれで使い始めることができるだろう。前の世界のテレビ番組で、無人島で長い長い水路を作っていたのをふと思い出した。


 それはともかく、樋を作って浴槽のところまで持ってくるのに壁があると邪魔になるので、まだ作ってないというわけだ。どっかの段階で樋だけつくる方式でも良かったかなとは今更ながらに思っているが、これはこれで問題はなかろう。


「それで進めよう。なにか問題が起これば再度検討だ」

「わかりました」


 リケが頷き、いつの間にか集まってきていた家族の方を振り返ると、彼女たちも頷いている。

 完成に向けて、俺達は今日のところは英気を養うべく、暮れていく森の中を家へと戻っていった。


 そうして家に戻ると、見たことのある姿があった。人型ではない。小さな竜の姿。カミロのところに行っているアラシだ。

 アラシが伝言板のところに佇んでいて、俺達に気がつくと小さく鳴いてカレンのところへ飛んでくる。その足には手紙が入っている筒がくくりつけられていた。

 このタイミングで連絡を寄越すということは、どこかに行っているので3週間後に、という話だったが帰還の予定が早まったりしたのだろうか。

 そう思いながら、俺は手紙を開いた。

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