来るのが遅くなるやつ

 翌朝、カレンは身体のあちこちを揉んでいた。聞いた話ではコケたりはそんなにしていなかった、と言うから打ち身や擦り傷よりも筋肉痛だろう。筋肉痛って炎症だから揉まないほうが良いんだっけ?

 そういうわけなのかはわからないが、リディお手製の解熱の薬草を磨り潰したペースト(臭いはあまりよろしくない)を使った湿布を貼ってもらっていたので、すぐに治るだろう。若いみたいだし。俺に言わせれば、そもそも翌日に来てくれるのが若さの証だ。

 俺も少し若返っているので今はそれほどでもないが、この世界に来る前はなかなか来てくれなかったりしたものである。この世界でも年々来るのが遅くなるんだろうな……。そんなに体を動かすことがどれくらいあるのかはやや疑問だが。


「ま、今日のところはあまり無理しないようにな」

「はい。師匠」


 肩を落とすカレン。その肩をサーミャが軽く叩くとカレンが「うっ」と少し痛がり、サーミャがオロオロしてヘレンに、


「すぐ治るし、命に関わるようなもんじゃないから平気」


 と教えられたりしていた。サーミャは筋肉痛になったことがないのだそうだ。羨ましいような、そうでないような。


 カレンがそんな状態なのだが、一応我が家のルーティンとして昨日仕留めた獲物の回収と解体には付き合ってもらうことにした。もちろん、彼女に力仕事はさせずに、何をするのかを教えるため見ていてもらうだけであるが。

 いつものとおりにクルルとルーシーも含めてみんなで湖へ赴き、獲物――今回はとんでもなく大きな猪だった――を岸に引き上げたあと、木を伐って作った運搬台に載せてクルルが引っ張っていく。

 ちなみに今日は、ルーシーも少しだけ引っ張るのを手伝ってあげていた。クルルが引くロープの一部を咥えて、よいしょよいしょと歩く。どれくらい助けになっているかはわからないが、こういうのは気持ちの問題だ。俺の肩のHPは今日も順調に減ったが。

 そのお手伝いも長くは続かず、ルーシーはすぐにクルルの隣より少し前に並んで歩き始め、そのまま家までたどり着いた。もうかなり大きくなってきて、子狼から「子」をとってもいいんじゃないかなと思える体躯になってきたが、それでもまだまだクルルのお手伝いを十全に果たすには力が足りないのだ。

 ルーシー自身はあまりしょげたりせずに、ちょっとでも手伝えたことが満足なようで、家に着いてからクルルの前に“おすわり”をして尻尾をパタパタ振っていた。そして俺の肩のHPがまた減るわけである。なんかカレンの肩よりも俺の肩を心配すべきではないかと思えるが、それは言わぬが華というものであろう。


 家族みんな手慣れたもので、大きな猪はあっという間に肉の形になる。カレンはそれをキラキラした目で眺めて言った。


「皆さんナイフの扱いがお上手ですね」

「もうそれなりの回数やってるからねぇ」


 若干の苦笑をしつつ、そう答えたのはディアナだ。彼女はここに来た当初、どうやって肉にしているのかも知らなかったほどだ(それについては俺も大差ない)が、今はテキパキと解体をこなすようになった。

 そのうち、カレンもチャチャッとこなすようになるのだろうな。俺が彼女にそう言うと、


「頑張りますね!」


 と気合を入れていた。これから、それこそそれなりの回数こなすことになると思うし、鍛冶の腕を上げるとともに頑張ってほしいところである。


「さて、それじゃあ建築の続きをやりますか」


 俺が言うと、全員から了解の声が返ってきた。そして俺は、道具を持って行こうとするカレンに声をかける。


「カレンくん、君には重大な仕事を与える」


 そう言われたカレンは怪訝そうな顔をした。俺はエヘンと咳払いをして宣告した。


「君には今日一日、“ルーシーの遊び相手係”を命じる! 筋肉痛が酷くならない程度でよろしくね!」


 ワンワンと尻尾を振って喜ぶルーシー、もう完全に顔に「それ、私がやりたい」と書いてあるディアナ。そんなことをして良いのかと若干オロオロするカレンをよそに、我が工房の家族は道具を持って湯殿建築へと向かっていった。

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