湯殿建築開始
そして俺たちは湯殿の建築を始めた。もちろん目標はこの2週間(厳密に言えば2週間弱ということになるが)での完成だが、それが厳しいことも自覚はしているつもりだ。
なんせ作るべきものが部屋の増築とは異なるうえ、その数がそれなりに多いからである。つまりは半分手探りということになるわけだ。
多少はチートのおかげで楽ができるだろうとは思うが、それでも限度はある。まぁ、最低限女湯が整備できれば目標達成、と言えるだろう。男湯は「付けたり」のようなものだし。
それでも、ないのとあるのとでは大違いであろうと、まずは設計図から始めることにしたのだが、かろうじてチートが手助けしてくれる範囲のようで、あまり時間をかけずに設計図が出来上がった。
それを囲んでリケが言う。
「ははぁ、ここで服を脱ぎ着するんですか」
「そうそう、その後ここで体を洗ってから、ここで湯に浸かるんですよ」
答えたのはカレンだ。後ろから覗き込んだヘレンが疑問を口にする。
「そのまま入ったらダメなのか? アタイは泉で水浴びするときはそのままだけど」
「温泉の場合は、北方ではあまり行儀のいい話ではないですね……」
「へぇ」
カレンの答えに、ヘレンは感心したように頷く。行軍中の水浴びはのんびりするわけにもいかんだろう。そもそも冷たい水ではそこで温まるという概念がないだろうし、仕方のないことであるとは思う。それにだ。
「どのみち身体を綺麗にするのに、綺麗にしてから入るのか?」
そう言ったのはサーミャだ。まぁ、そうなるよな。言っていることはよく分かる。今回はかけ流しだから、湯も入れ替わるわけだし、湯の汚れを気にする必要があるのかと問われれば、そこまではいらないかも知れない。
「浸かってみたら分かるよ」
「そんなもんかね」
「そんなもんだ」
言って俺は小さく笑う。あの感覚は慣れないと分からん気はする。うちだと魔法もあって実感しにくいが、湯というものは本来燃料と水を消費するものなのである。
薬効的なものがあるとはいっても、貴重な燃料と水を大量に消費してやることが基本的には身体を温めることだけ、というのは理解しにくくてもしかたのない話だろう。
「よし、とりあえず木材の運搬と区割りをはじめるぞ―」
俺がそう言うと、皆から「はーい」とか「おう」とか返ってきて、家の外にぞろぞろと出ていった。
木材の運搬、それはつまり、うちではクルルの独壇場である。俺とヘレンも手伝いはするが、クルルが引っ張っていく効率に比べると遥かに劣ることは否めない。1本でも運んだほうがマシではあるので、腐らずにエッホエッホと比較的軽いものをヘレンと一緒に、あるいは手分けでして運んでいる。
その間に他の皆は設計図を参考に、「このあたりに柱」「このあたりは壁」「ここから湯を貯めるところ」などを、杭やその他を使って示す作業をしていく。
木材の運搬とこれが終わったら、後はそれに従って作っていくだけではある。もちろん、そんな簡単な話ではないのだが。
杭打ちはリケとディアナがやって、縄で区割りをしていったりするのはその他の皆、ルーシーとハヤテは応援団である。
当初ハヤテは特にやることもないし、お留守番かなと思っていたのだが、カレン曰くは「ついて来たがってる」とのことだったので連れてきた。
木材運搬の合間に見てみると、今は一旦応援をお休みしているらしいルーシーの背中でくつろいでいる。こうして見るとルーシーも大きくなったなぁ。少なくともそろそろ子狼は卒業だろう。小狼ではあるかも知れないが。
いずれ立派な狼になるのだろう。そのときの彼女がどういう選択をするか、その選択の結果はしっかり見守っていこうと思う。
夕暮れ前、ようやく必要そうな木材の運搬を終えた。ここからは足りなければ周囲の木々から調達することになる。リュイサさん曰くは「気にしなくても、ここらの木が減ったくらいじゃなんともないわよ。将来的にも大した影響は出ないわ」だそうなので、その時が来たら遠慮なく伐採するつもりではある。
まぁ、それでも少ないに越したことはなさそうだし、何よりその分作業時間が増える――伐採は一瞬だが――ので、この獲物の引き上げのたびに切ってきた木材で足りてくれるといいんだが。
区割りをしている方も終わったらしく、設計図を見ながら「ここで脱いで」みたいなことを皆でキャッキャとしている。先はまだまだ長いが、俺にはそこでのんびりと過ごす家族の姿が見えたような気がしたのだった。
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