2人目
「なんとなくの事情は理解しました」
「では!」
ズイッとこちらに近寄るカタギリさんを、俺は手で制した。
「とは言えですよ、『はいそうですか』と受けるわけにもいかない事情がありまして……。話しにくいことだとは思いますが、そちらの事情を聞かせていただいても?」
俺がそう言うと、カタギリさんは目を泳がせた。知り合って間もない人間に事情を聞かせろと言われて、「はいそうですか」といかないのは彼女も同じだろう。
とは言え、俺は元はこの世界の人間ではない。北方に“タンヤ家”があるかどうかは知らないのだ。それに、彼女も既に聞いているかも知れないが、ディアナとアンネは実際どうであるかはさておき、うちに身を隠している状態だ。
さらに、うちには“黒の森”の主である“大地の竜”に近しい人(厳密には人ではないが)や、妖精も来るのである。
まぁ、2~3日、あるいは長くても1週間程度のお客さんならともかく、さっきの話を聞いていてもそれだけで済むようには思えない。よほど腕が良いのなら別だろうが、それならそもそもこんな依頼はしてこないだろう。
少しの逡巡の後、カタギリさんは再び決意の漲った眼差しで俺を一度見てから、大きく頷いた。
「わかりました。それではお話しします」
カタギリさんは息を吐き、続ける。
「私の家はサムライ――ええと、エイゾウさんはお分かりかと思いますが、こちらで言うところの騎士や貴族のようなものでして」
彼女の話はこうだった。リザードマン(ドラゴニュートではなかった)の彼女の先祖は、600年前の魔族との大戦の頃に戦功をあげ、領主(ダイミョウと言っていた)に召し抱えられたらしい。
それ以降、着実に地歩を固め、その領地ではかなり重用されるような立場になったのだそうだ。そうなってくると家どうしの繋がりが非常に重要視されるようになってくる。
実際、カタギリ家もあちこちに姻戚がいるのだそうで、王国で言えば侯爵のところみたいなもんだな。
そうなってくると、生まれてくる女子は大体が政略結婚の材料になっていく。この世界はかなり女性の社会進出が進んでいるみたいだが、前の世界から見ても旧態依然とした部分もかなりある。これは今現在体面的にはディアナやアンネがそうであるのと同じだ。当然、カタギリさんもそうなるはずだったのだが――。
「ある時、家宝の刀を見てしまいまして」
彼女は照れくさそうに言った。
「私もあんなものが作れるようになるだろうか、作りたいなと思っていたら、居ても立ってもいられなくなり、父の知っている鍛冶師のところへ出入りするようになったんです」
そこである程度の研鑽を積み、そろそろ自分の刀も見えてきたかなと思い始めた頃、それが父親にバレた。
「父はもうカンカンで、一時は鍛冶師を斬るとまで言っていたのですが、なんとかおさめてもらいました。まぁ、それで私の諦めがつけば良かったんですけどね」
カタギリさんは小さくため息をつくと、苦笑した。
「どうしても自分で刀を一振り打ちたいのだと訴えたんです。それで父が言ったのが……」
一瞬口を閉ざすカタギリさん。それこそ研ぎ澄まされた刀のような緊張と静寂が場に訪れる。
「『北方以外の場所でワシの目にかなうような刀を打てるならばよい』でした。それで、どうしたものかと思案していたら、カミロさんのところで“ミソ”だの“コメ”だのを求めていると伺いまして」
それを聞いて、カミロはうんうんと頷き、俺を指差す。
「こいつから頼まれてましたからね」
実際に北方に行っているのはカミロの店の誰かだったりするのだろうが、同じことではあるか。今度はカタギリさんが頷いた。
「ええ。それで、欲しがっている人は北方人に違いない、であれば王国で刀を打てる鍛冶屋を知っているかもと思い聞いてみたら、そもそもその欲しがっている北方の方が鍛冶屋だと言うではないですか」
「それは完全に渡りに船ですねぇ……」
「はい。作ったものを見せていただいても素晴らしい出来のように見えましたので、この小竜を連れてこちらに参った次第です」
「それで先程の話、と」
「そうです」
カタギリさんがまたジッと俺の目を見つめる。要は父親の鼻を明かすのも含めて俺に弟子入りしたい、ということである。
ううむ、と俺は腕を組んで考え込む。正直、俺がキッチリ教えられることはなにもない。俺自身の力ではないからだ。リケがいない状態でこう頼まれていたら断っていた可能性はある。
だが、今は親方として忸怩たる思いはあるにせよ、リケを頼れるのだ。彼女はかなり強引な手段で俺に弟子入りしてきたが。
ジッと俺を見る視線を感じる。カタギリさんからではない。家族からだ。相談しても「エイゾウに任せる」ってことだろうな。俺は大きくため息をついた。
「わかりました。しばらくの滞在を許可しましょう」
俺の言葉を聞き、花が咲いたように喜色の笑みを浮かべるカタギリさんを見て、俺はこれからどう対応したものか、頭の中で考えるのだった。
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