“森の主”の呼び出し手段

「お困りのようねとは言ったけど、温泉が湧いたみたいだから来てみたら困ってた、ってだけなのよね」


 すっかり夕食が無くなったテーブルに着席した(夕食を用意しようか聞いたら「私はご飯は食べないのよ」だそうだ)リュイサさんは、そう言って小首を傾げた。美人ではあるので動きがになっているが、いかんせんのんびりしていてチグハグなイメージを受ける。

 少なくともこの“黒の森”の主であるはずなのだが。


「ま、まぁ来ていただけたのはありがたいです。こちらから連絡取れないですしね」


 俺がそう言うと、リュイサさんはポンと手を打った。


「あら、そう言えばそうね。大きな異変があれば察知はできるんだけど、私を呼び出すのに毎回地形を変えるわけにもいかないわよね」

「当たり前です」


 俺は苦笑した。可能か不可能かで言えば、今の家族総出でやればある程度可能であろうとは思う。

 だが、かかる労力と環境への影響の割にできることと言えば「リュイサさんを呼び出す」の1つっきりなのである。目的と手段が入れ替わっている感じが否めない。


「で、困っていたのはまさにその連絡手段でしてね。今回もちょっと聞いておきたいことがあったんで、どうしようかなと皆で考えていたところなんです」


 俺が説明すると、リュイサさんは微笑んで言った。


「ちょっと時間がかかって良いなら、ジゼルちゃん達に言づてしておいてくれれば、私にも伝わるわよ」

「ちょっと、ってどれくらいです?」


 ここで「ん~、1年かしら!」と言い出しかねないのがリュイサさんだと思っている俺は、おずおずと尋ねた。


「長くても1週間くらいかしらね。早ければ翌日。色々あるのよ」


 リュイサさんの回答に、家族一同ホッと胸をなで下ろす。

 しかし、おとがいに指を当てたリディが言う。


「あれ? それなら妖精族さんたちは、リュイサさんが治療すればいいのでは?」


 そう言えばそうだな。リュイサさんは樹木精霊ドライアドであり、“大地の竜”の一部である。魔力は十分に持っているはず。

 妖精族からリュイサさんにメッセージを伝える手段があるなら、伝えて治療してもらえば良いのでは……。

 しかし、リュイサさんは横に首を振った。


「そうしてあげたいのはやまやまなんだけどね。私は特定の生き物に直接手出しはできないのよ。そんなことをすれば、この森で不慮の死が無くなってしまうでしょう?」

「確かに」


 リディは小さく頷いた。だが、アンネが続いて疑問を発する。


邪鬼トロールの時のアレは?」


 確か邪鬼討伐の時、リュイサさんは俺たちが討伐に失敗した場合、「最悪地形が変わるけどなんとかする」と言っていた。

 もし俺たちが失敗していたら、魔物という生き物に直接手出ししていたのではないだろうか。まぁ、純粋に魔力から生まれた魔物を生き物と呼んで良いのかについては疑問の余地があるだろうし、助けるのと仕留めるのとではまた話が変わってくるのかも知れないが。

 リュイサさんは肩をすくめて言った。


「今だから言っちゃうけど、例えば洞窟が崩落して、それに何が巻き込まれるかは私は知らないからね。あの洞窟で崩落が起きれば、地上も広範囲に陥没するでしょう?」

「ああ……」


 アンネは溜息をつく。なるほどな。「邪鬼を倒すために力加減の効かない大きな力を振るう」のではなく、「邪鬼を倒すには何かの巻き添えにする必要があって、邪鬼レベルだと地形が変わってしまう」のか。

 前の世界のゲームっぽく言うなら、コンストラクションモードだけなので、地形はいじれるが直接攻撃はできない、みたいなもんか。


「うまく邪鬼だけを巻き込めるとも限らないから、この森の最強戦力であるあなたたちにお願いしたのよ」


 その状態でピンポイントに取り除きたいものがあれば、小回りのきく俺たちに頼むしかないのは、どのみち同じ話である。


「なるほど。ともかく、連絡はジゼルさん達に言づて、と。ああ、それで聞きたいことって言うのは、温泉の排水についてなんですけどね」

「ああ、適当に流しちゃっていいのか、ってこと?」

「そうですそうです」


 俺は頷く。流石に面と向かっては言わないが、そこが片付けばしばらくこっちから連絡する用事も今のところはないのである。

 俺が返事をしてからしばらく、リュイサさんは腕を組んで考えこんでいた。え、もしかしてリュイサさんもノープランだったとかか。

 沈黙が続く。結構長い時間経ったんじゃないか、俺たちから何か案を出した方が良いのかも知れない、などと思いはじめたとき、リュイサさんが口を開いた。


「南側に浅い池を掘ってそこに溜めておいてちょうだい。そこから地下に流れるようにするわ」

「わかりました」


 俺は再び頷いた。これで問題は解決だ。明日にでも取りかかるか……。

 その時、リュイサさんがグイッと身を乗り出した。俺は一瞬ドキッとする。何を言われるんだろう、と言う緊張でだ。

 リュイサさんはゆっくりと口を開いた。


「それより、いつくらいから入れるの?」


 盛大にずっこける俺とリディ以外の家族。「まだ先ですよ」と冷静なリディの声がなんだか妙に頼もしかった。

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