一歩ずつ

“岩砕き”にくくりつけた縄の端をクルルが咥える。時折は俺たちも手伝うことになるとは思うが、これが温泉への次のステップを踏み出す第一歩になる。


「クルルルルル」


 クルルは軽快な足取りで縄を引いていく。多少進行方向がよれても吊り下げた滑車がそれに合わせて動くので問題ないのだが、クルルは綺麗にまっすぐ縄を引く。

 元の地面よりも少し上くらいまで“岩砕き”が上昇してきたところで、クルルに声をかける。


「クルルー、離していいぞー」

「クルルル」


 クルルがパッと咥えた綱を離すと、“岩砕き”は重力に引かれて(だと思うのだが、物が落ちるのが重力によるものなのかはインストールになかった)落下していき、岩盤にぶち当たる。

 岩盤に当たった“岩砕き”は土の地面と違ってぶっ刺さってそのまま、というようなことはなく、弾かれるように軽く跳ねて、再び着地した。


 俺は坂を降りて穴の底へ向かった。温泉が出る、とわかるとなんとなく暑くなってきているように感じる自分の体の現金さに思わず苦笑が漏れた。

 穴の底につくと、岩盤の上には“岩砕き”が立っている。突き刺さっているわけではなく、ガイドに支えられているだけだ。

 俺はゆっくりと“岩砕き”に近づいていく。あの一撃でいきなり温泉が噴出するということはないと思うのだが、用心はしてもよかろう。

 用心しいしいマイナスドライバーの先のようになっている先端部分を見てみると、僅かだが岩盤にめり込んでいる。周りに細かい砂や小石があるから、おそらく、これはその分削れたのだろう、と思う。

 とりあえず、どれくらいやらなければいけないかはともかく、これで用を果たせるようだ。俺は上に向かって叫んだ。


「いけそうだ!」


 穴を覗き込んでいた家族たちからワッと歓声が上がる。やがて、俺の目の前でスルスルと“岩砕き”が上昇していくのを見て、穴の底から立ち去った。


 岩盤掘りは順調……なのだろうか。初めての経験すぎてよくわからないが、時折クルルを休ませ、家族みんなで“岩砕き”を引っ張りあげたり(微力ながらルーシーも加わった)しながら、延々と“岩砕き”を岩盤にぶち当てていく。

 前の世界だと圧縮空気を利用した機械もあるのだが、俺の送風の魔法では「圧縮」と言えるようなものではない。それはリディクラスでも同じだ。

 ちなみにリディに聞いてみたところによれば、彼女が起こせる最大風速は「風に向かって歩けない程度を短時間」だそうである。小枝くらいは折れるらしいので、結構なもんだと思う。

 それはさておき、そもそも圧縮空気を使った機械となると、当然文明的にはかなり先のものだし作るわけにはいかんので、地道に作業を繰り返すよりない。

 地面に立てて順繰りにハンマーで叩く方式もありかも知れないが、その場合はやはり噴出した湯をかぶることになりそうだからなぁ……。


 何度か作業を繰り返し、“岩砕き”が半分ほどその身を岩盤に沈めた頃合いで昼の休憩を取ることにした。

 もぐもぐと角煮サンドを頬張りながら、リケが言う。


「親方が作った、あのレベルのものでも時間がかかるんですねぇ」


 まぁ相手岩盤だからな……そう思っていると、ディアナがリケに返した。


「エイゾウのものだから、こんなに早いと言えるのかも知れないわね」

「それは確かに」


 頷くリケ。機械でなく手作業で、それも1回あたりに時間をかけている割には早いと言っても良いのだろう。多分。合間合間に出た岩のかけらなんかを取り除いたりもしてるし。

 前の世界でもう少し土木作業について詳しく知っていれば、更に作業が早く済んだのかも知れないが、いかんせん素人知識の付け焼き刃である。どうにもチートも働いてくれないし、ここはコツコツと作業しろということなんだろう。


 午後も頑張るべや、となったところで、ヘレンが既に3つめの角煮サンドを平らげて、リケに言った。


「そう言えば、リケは決まったのか? あれ」

「あれって?」

「エイゾウと2人で何してもいいとかいうやつ」


 ああ、そう言えばバタバタしていて棚上げになってたな。しかし、何してもいいとか言った記憶はないんだが……。


「あー、あれね。候補は絞り込んできたけど、まだ」

「ふーん」

「ヘレンが決まってるなら先でもいいわよ」

「ううん。順番は守るよ」


 俺としてもどっちが先でも同じ話ではあるので、譲り合ってやってくれても「私は一向に構わん」なのだが、ヘレンも律儀なところあるからな。


「焦らずに決まったら教えてくれ。知っての通り辺鄙な森の鍛冶屋だから時間はある」


 俺がそう言うと、リケは、


「はいっ」


 と返事をしてくれた。岩を削るのと一緒で、家族のことも一歩一歩でいいから進めていこう。午後の作業を始めるべく大きく伸びをしながら、俺はそんなことを思った。

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