「やったか!?」
号令と共に、ヘレンの姿がかき消えた。訓練の時とは段違いの速度で、一気に
本来なら暗闇でのみ行動する魔物だ。嗅覚と皮膚感覚のみで相手を捉えて素早い動きで攻撃するのだろう。
しかし、今のヘレンはそれで捉えきれるような速さではない。青い光が2条、邪鬼に向かって奔ると、邪鬼はろくに反応も出来ずに棍棒を持った右腕の肘から先を切り飛ばされた。
切られた腕はそのままサラサラと空気に溶けるように消えていく。
「よし!」
ディアナの声が響く。さすがにあれで仕留めきれないにしても、最大の武器を封じこめることができたんなら上々だ。
と、思っていたのだが。
「薄々そうじゃないかとは思ってたけどな!」
俺は駆け寄りながら言った。邪鬼が耳障りな咆哮をあげると、右腕の肘から先がズルリと再び生えてきたのだ。後ろで息を呑んだのはリディかリケだろう。
前の世界のアニメなんかでは度々見たが、
「魔力を大量に使っています!」
リディの声が響いた。魔物は澱んだ魔力で回復も行う。俺がホブゴブリンと戦ったときも、少しの切り傷くらいなら回復していた。今回のはそれどころの話ではないが、あれは澱んだ魔力を大量に使うことで高速回復しているのだろう。
腹に刺さった槍の穴がすぐに塞がったのもなにかの間違いではなく、同じ理屈で回復したに違いない。ゴブリンみたいな小物が湧いて来ないのも、その辺りに理由がありそうだ。わざわざ実験しようとは毛ほども思わないけどな。
この場にどれくらい澱んだ魔力が残っているか分からないが、それが尽きるまでは回復し続ける可能性がある。なるべくなら持久戦は避けたいところなんだが……
家を発つ前の自分の見通しの甘さに苛立ちを覚える。弁当も含めてもう少ししっかり準備してくるべきだった。皆強いし、俺もそこそこだから意外とあっさり片付くだろう、と心のどこかでたかをくくっていたのかも知れない。
俺は頭を振った。反省は後からすればいい。今はこいつを倒すことに専念だ。
「ヘレン!」
「分かってる!!」
鈍い唸りを上げて振り回される邪鬼の左腕を素早く回避しながら、ヘレンはその腕を切った。今度は肩口からバッサリだ。邪鬼は回復を優先するかと思いきや、残った右腕をヘレンに振るおうとした。
しかし、鋭い音がして、その腕に矢が突き刺さった。サーミャとリディのどちらなのかは分からないが、訓練が奏功したと言っていいだろう。
邪鬼が苦悶の声をあげて、腕を振るうのを止めた。それにしてもあの声、ホントに何とかならんかな。「黒板に爪」クラスの不快感があるんだが……。
その隙を見逃すヘレンではない。
両腕を復活させた直後、俺とディアナは槍を邪鬼に突き刺した。少しの抵抗感のみで、槍は邪鬼の身体へと穂先を潜り込ませていく。
ディアナはある程度のところで槍を邪鬼の身体から抜いて離れた。ヘレンは簡単に切り飛ばしているように見えるが、あの腕で殴られればただでは済まないだろう。なるべく間合いを空けて戦うためだ。
一方の俺は出来る限り槍を突き刺した。危ないのは俺もそう大差ないが、さっきの腕のスピードなら、なんとか躱せそうだ。それならば、なるべくダメージを与えられるほうがいい。
切り飛ばせばそこから先はなくなる。そして、そこを復活させるには魔力を消費する必要がある。多少持久戦になろうとも、常に魔力を消費する状況に持ち込むには、切り飛ばしてしまうほうが効率が良さそうだ。
深々と突き刺さった槍から手を離して、俺は腰に下げた薄氷を抜き放つ。ヘレンの持つ2つの青の他に、もう1つ加わった。
動きが少し鈍った邪鬼は、ディアナの空けた穴を塞ぎ、俺が突き刺した槍を抜こうとしている。その瞬間にヘレンが左腕と左足を、俺が槍を掴んだ右腕を切り落とした。
邪鬼はたまらずバランスを崩す。その瞬間を見て、俺は右足に斬りつけた。俺も態勢が悪かったのか、切り落とすまではできなかったが、深々と傷をつける。
鋭く息を吐くヘレンの声。
「フッ」
次の瞬間、邪鬼の頭は胴体と泣き別れになっていた。
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