舞踏会

 食事は粛々と進んでいく。その間に立ち歩いて挨拶周りをするような人はいない。

 俺が座っているのは端の方なので、視線も飛んできにくい。というか、俺たちを見ようとすれば自然と侯爵が視界に入るから、こっちをガン見するわけにもいかないのが実情だろうな。

 マリウスの配慮が功を奏した形になっていて、俺はおやっさんの料理に舌鼓を連打しながら、感心をした。


 状況が状況なので、侯爵も迂闊なことは言わない。例えば列席者の中に帝国の第七皇女がいることなんかだ。

 さっきから結構なペースで杯を重ねているが、ろれつが回らなくなるということもなく、ハッキリした受け答えを続けている。

 ただ、酒が進むにつれて、時折俺の方を見るフリをしてその後ろの方を見ていた。いちいちその視線の先を追いかけることはしないが、多分ヘレンを見ているのだろう。

 その彼女はさっきからすごい早さで料理を片付けているようだ。行儀は決して良いとは言えないが、他の人達が眉をひそめるほどではない。

 他のみんなはもう少しお淑やかにしている。促成ではあるが、ディアナとアンネの教育の賜物と言ったところか。伯爵家ご令嬢と皇女直々のテーブルマナー講習だもんなぁ。


 やがて食事も終わりに近づいてきた。デザートらしき果物が出てきたことでそれがわかる。グレープフルーツっぽい果物だが、苦味と酸味が少なく、甘みが強い。

 この世界だと野生種に近いらしい果物ばかり食べていたので意外だ。もしかするとこれは品種改良されたものかも知れない。

 その果物をぱくついていると、チラリと俺とその家族をみてから侯爵がぽそりと呟いた。


「すまんな」


 多分、うちの状況のことだろう。周囲に聞こえるような音量ではない。侯爵が一介の鍛冶屋に謝ったなんてことを知られるわけにはいかないからだ。

 ヘレンとアンネがうちに来たのは、半ば侯爵の思惑に巻き込まれた形である。いやまぁ、俺も巻き込まれてはいるのだが。謝罪の言葉は酒で少し開いた扉からチラリと顔をのぞかせたのだろう。


「何がです?」


 俺はすっとぼけることにした。特に迷惑だとは思ってないし。

 侯爵は小さく小さくため息をつくと、苦笑しながら、


「お前はもう少し人に甘えてもいいと思うがな」


 と言った。それはそうかも知れない。それぞれに得意な分野の違う人々が家族としてひとつ屋根の下暮らしているのである。それを活かさない手はないだろと言われれば首肯せざるを得ない。

 だが、ここで侯爵の言うことに素直にうなずくのもなんとなく癪に障る感じがするので、俺はしかつめらしい顔をして、


「考えておきます」


 と答え、侯爵は再び苦笑するのだった。


 食事が終われば舞踏会、という流れは以前の祝宴と変わらないらしい。ボーマンさんの案内で小ホールに新郎新婦を含む全員が移動した。

 お歴々の腹に食事と酒が詰まっているのも以前の祝宴と変わらないわけで、個別の立ち話なんかはこのタイミングで行うようだ。

 このときのためだけに雇われたらしい楽団が演奏を始めた。実質立ち話の会場になってはいるが、名目上は舞踏会なのだから無演奏はさすがにダメでしょってことなんだろうな。


 特に話をしたい相手も新郎新婦以外にはいないし、俺は「壁のシミ」になるつもりで、他の家族には好きにしてていいと言ったが、みんなどうにも動く気はないらしい。壁のシミを花で囲ってどうするんだ。

 せっかくだから、家族で固まってるだけじゃなくて少しは踊ったほうが良いのかなと考えていると、


「私と踊ってくださらない?」


 そう俺に声がかかった。

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