結婚式

 俺たち参加者はテーブルの長辺に着席している。となれば当然向かい側にも人が座るわけだ。

 参加者が少なければ、間に無人の席なんかを用意して俺たちを少し離す“配慮”があったかも知れないが、伯爵家という身分卑しからぬ立場の結婚式である。

 ましてや今回は侯爵も一枚噛んでいるとなれば、この場でどれくらいの人脈があるのかを見せつける必要もあるだろう。貴族社会は商人たち以上に足許を見られるわけにはいかないのである。


 そんなわけで、俺たちの向かいにはルロイ――魔物討伐遠征の時に副官をしていた彼だ――が座っている。長らく会っていなかったが、俺とは知り合いなのだ。

 マリウスは俺の周囲を徹底して俺が知っている人物で固めたらしい。そっちの方が気が楽なのは確かではあるが。

 テーブルがやたらでかいので、向かい側と話をしようと思うと、声量が少々下品なことになってしまう。それで注目を集めるのも俺とルロイにとって互いに都合がよろしくない。

 そのため、俺は軽く手を挙げて挨拶の代わりにした。向こうも気がついてそっと手を挙げる。それを見た侯爵が小さめの声で言った。


「なんだ、マクマホンとこの小倅こせがれとも知り合いなのか」

「ええ、遠征の時に」

「ああ、そういえば副官だったな」


 俺の返答に侯爵が頷いた。こういうことに目聡いのも貴族としての素養なのだろう。ちょっと俺には真似できないところである。


 ついでとばかりに侯爵が遠征の話を聞きたがったのでかいつまんで話す。ちゃんとした報告はマリウスが書面にして提出済みで、それは当然読んでいるのだが、現場で末端である俺の立場からの話を聞きたかったらしい。

 当然、ホブゴブリンを倒したのが俺であることは伏せておいた(知らぬ間に倒されていて、誰が倒したのかは俺はよく知らないということにした)が、侯爵は満足したようだったので問題なかろう。


 やがていつの間にか姿を消していたボーマンさんがホールに戻ってきた。着ている服が微妙に豪華なものに変わっているような。

 今日の司会進行はおそらくボーマンさんだろうから、それに相応しい服にしたのだろうか。

 騒がしかった場が自然と静まりかえる。

 ボーマンさんがコホンと軽く咳払いをした。あの人でも緊張することなんかあるんだな。


「皆様、お待たせいたしました。新郎新婦が入場いたします」


 俺たちや他の客が入ってきたのとは違う扉が開け放たれた。その扉は窓を背にしているのか、部屋の外から光が差し込み、2人の姿を浮かび上がらせている。

 これはそうなるように設計したのだろうか。そうだとしたら、相当に腕のいい職人に頼んだはずだ。

 そして、節目節目の宴では太陽の光が今のように主役を彩っていたのだろう。


 その決して短くはない歴史の中で、一番新しい家族が生まれようとしていた。

 今から家族になる2人を俺たちは拍手で出迎える。さっき会った時に見せていた笑顔は完全に消え去っており、2人の緊張の度合いを表している。


 そう言えば、どういう流れで式をするんだろうか。神職らしき人の姿が見えないので、人前式的にみんなの前で宣言して終わりとかかな。


 2人が俺たちが着席しているテーブルの上座に位置するところに設られた別のテーブルの前に、俺たちに背を向けて並んだ。


「皆様、ご起立ください」


 ボーマンさんの声が響く。俺たちはぞろぞろと立ち上がった。みんなその場で新郎新婦の方を向いているので、俺もそれに従う。

 侯爵だけは席を離れて前に向かっていく。侯爵はテーブルを挟んで新郎新婦に向かい合った。


「それでは、宣誓を」


 侯爵の言葉に、新郎新婦は後ろから分かるほどしっかりと頷く。テーブルに置かれている書類に手を重ねて置くと、ハッキリした声で言った。


「私、マリウス・エイムールはジュリー・デランジェールを妻と認め、生涯を共にし、いかなることがあろうとも守り通すことを誓います」

「私、ジュリー・デランジェールはマリウス・エイムールを夫と認め、生涯を共にし、いかなる時もこれを支えることを誓います」


 侯爵は2人の言葉を聞くと、大きく頷いた。続いてほぼ怒鳴るような大声で言う。


「異議のあるものは申し出よ!」


 当然ながら申し出るような人物はおらず、シンと静まりかえっている。侯爵は再び満足そうに頷くと言った。


「列席者多数の賛成により、2人の婚姻をメンツェル侯爵グレゴールの名において承認する」


 そう言って、侯爵はボーマンさんが差し出した筆記具を使い、書類に何かを書き込んだ。おそらくは署名だろう。

 それに続いて、新郎新婦の2人が書類に署名をする。

 侯爵は内容を改めると、書類を丸め封をした。封緘に使ったのはメンツェル侯爵家の紋章が

 入っているものだろう。


「ジュリー・デランジェール」

「はい」

「お前は今日ただいまをもってジュリー・デランジェール・エイムールである」

「はい」

「おめでとう、ジュリー」

「……ありがとうございます!」


 涙声でそういうジュリーさんを包み込むかのように、万雷の拍手がホールに響き渡るのだった。

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