獲物の回収

 皆が獲物を沈めたらしい湖のほとりへとたどり着いた。

 ルーシーが波打ち際でソワソワしているので、


「湖に飛び込んだら、またジャブジャブされるぞ」


 と声をかけると、後ずさりしていた。自分で飛び込むのはいいが、洗われるのは好きでないらしい。

 ディアナがしゃがんでおいでをすると、素直に抱っこされている。基本的には賢い子なのだ。親バカかも知れないが。


 クルル、俺、サーミャ、それにヘレンとアンネの力がある5人で沈んでいる獲物を引っ張りあげる。

 湖から姿をあらわしたのは肉だけでも200kgを超えそうなバカでかい猪だった。


「こりゃあデカいな」

「だろ?」


 サーミャがエヘンと胸を張った。内臓なんかはここに持ってくるまでに仕留めたその場で抜いてある(それがこの“黒の森”の作法でもある)が、それでもこの重さということは元の重さはとんでもなかっただろうな。


「よく仕留められたな」


 前の世界の知識だが、大きな猪は多少怪我を負っても平気で動いて逃げると聞く。脊髄に損傷を受けても暫くは動いていることがあるらしい。損傷箇所にもよるのだとは思うが。

 引き上げる間にリケとリディが木を伐り倒して運搬台を作ってくれていたので、そこに皆で引き上げながらサーミャが言った。


「丈夫で深くまでぶっ刺さるエイゾウ工房の矢じりのおかげだよ。この大きさだと皮膚も硬いからな」

「それにしたってきちんと狙ったところに当てないと厳しいだろう?」

「まぁ、そこはアタシも含めた皆の腕だよ」


 ワン! とルーシーが吠えた。彼女も立派に仕事を果たしたようだ。きっと森の中をサーミャの指示に従って走り回ったに違いない。それで暑くなって飛び込んだのだろう。

 獲物を引き上げた人間で運搬台も引っ張る。クルルのおかげでだいぶ楽ではあるが、それでも十分な重さを感じる。


「森の中用の荷車とかも考えたほうがいいのかも知れん」


 運搬台にくくりつけた縄を引きながら、ぽつりと俺は言った。板バネ式のサスペンションでも、十分なストローク……上下する幅を取れば森の中でも使えるはずである。

 問題はこの運搬台に使っている伐り倒した木は、このまましばらく乾燥させて材木として再利用しているということだ。荷車を利用するようになれば、それが得られなくなるので、他の方法で材木を調達してくる必要がある。

 今のところ予定としては母屋からクルル達の小屋へいく渡り廊下と、もしかしたら風呂場を増設するかもってとこなので、もし足りなくなりそうなら、乾燥時間も考えて早めに伐り出してくればいい。


「今でも湖まで結構大変だかんなぁ」


 俺の独り言にヘレンが反応した。仕留めた場所から湖まで引きずってくる時は運搬台もないし、うちでは力がある組に入る俺もいない。

 ヘレンも力がある方なのだが、それでも大変だと言うことは、何かしらの対策を打っておいたほうが良さそうだ。これは今回1回限りなどではなく、今後も続いていくのだから。


 えっちらおっちらと森の中を途中小休憩も挟みながら引きずり、昼前に家に戻ってこれた。朝一番で家を出たから、結構な時間が経過していることになる。これを考えても、やはり森の中用の荷車は必要だろうな。

 引きずって来た組が木に猪を吊るすと出番はそこまでで、サーミャ、リケとリディ、そしてディアナによって猪は肉へと姿を変える。もう皆手慣れたもので随分と素早い。


「あっという間だったな」

「そりゃ回数をこなしてれば慣れるわよ」

「それはそうか」


 ナイフを布で拭いながらディアナが言い、俺は笑いながら納得をする。傍らでルーシーがソワソワしているので、ディアナが肉を1片切り分けて「待て」の練習をしている。


「まだよ」

「わん」

「まだよー」


 ルーシーがお利口さんにおすわりをしてジーッとディアナを見つめる。あ、ルーシーが少しヨダレ垂らした。

 同時にディアナの眉尻が下がる。これ、どっちかと言うとディアナがルーシーをかわいそうに思ってよしを言うまでの耐久になってないか?


「よし!」


 そんな俺の変な心配が聞こえたわけでもないだろうが、ディアナの号令でルーシーがハグハグと肉に食らいつく。生肉をやるのはあまり良くないと前の世界で聞いたが、この森の狼で魔物なのだ。多少は目をつぶるべきか。

 肉を食べ終わってクルルとはしゃぎ回るルーシーを家族皆が笑顔で見守っている。俺はそんな光景に小さな幸せを感じながら、自分たちの昼食を用意すべく家に引っ込んだ。

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