お祝い
1日目の滑り出しとしては順調なのではなかろうか。少なくともこの先、どう作業していけばいいかの目処はついたのだから、上々と言えるだろう。
1週間近くウンウン唸って、ああでもないこうでもないと試行錯誤するのも悪くはないが、それはあくまで自分のための作業の時だけに限った話だ。
今回のように頼まれものの場合は、早くに解決策を見つけるに越したことはない。
最後の最後でよく分からないことが起こって、それで間に合わないなんてことになったら目も当てられないからな。
ましてや今回は友人の結婚指輪なのだ。万が一にも遅れるようなことがあってはならない。
結婚式に結婚指輪が間に合わない、なんてどう考えてもマズい。いや、マリウス自身は笑って許してくれるかも知れないが、貴族連中の集まる場でそんな事態になれば、マリウスの今後の立場が全くなくなってしまう。
そのあたりが分かっていないマリウスではないし、そこは俺に対する信頼のあらわれなんだろうな、きっと。
もし違っていても、俺がそう思っていればいいのだ。
その日の夕食はいつも通りに焼いた肉とスープと無発酵パンという構成にした。
祝杯にはまだちょっと早いからな。肉の味付けをベリーとワインでちょっと凝ったものにしたのが若干のお祝いみたいなものである。
「そう言えば」
俺はふと思いついたことがあったので口に出した。みんなの目が俺に集まる。
「俺たちからお祝いの品とかって用意しなくていいものなのか?」
「そうねぇ……。普通は用意するわね」
「だよな」
なんでもないことのようにディアナが答えて、俺は頷いた。式に招かれるかどうかはさておいたとしても、友人が結婚するんだから贈り物を用意するのはおかしくなかろう。
一応、今回は指輪を作るのも祝いのうちではあるのだが、材料は依頼主の持ち出しだからなぁ。
手間賃がご祝儀と言うのもアリかも知れないが、なんとなし寂しさがある。
なるべくなら何か形のあるものを贈りたいものだ。
「兄さんがどう言う立場で貴方を式に招くか、あるいは招かないかねぇ」
「招かれない可能性は普通にあるよな」
「そうね。少なくとも身分の上では、ただの鍛冶屋ですもの。兄さんもジュリーもそんなことは全く気にしないでしょうけど、貴族社会がそれを許すかは別だから」
「まぁ、招かれなくても、お嫁さんに呪いをかけにいく気はないけどな」
「なぁに、それ?」
「そういう物語があるのさ」
あれは姫様の誕生のお祝いだったか。俺はその話をかいつまんでした。一番穏当なグリム兄弟のバージョンをだ。
この世界では実際に魔法が使える人間が存在するのもあってか、若干のリアリティを持って受け止められたようである。
「呼ばれなかった側の気持ちが少し分かっちゃうのが悔しいわ。流石に呪おうとまでは思わないけど」
俺が話し終わった後、ややげっそりした感じでアンネが言った。この世界で魔法扱えるということは、いっぱしの教養を持つ貴族階級であることが多い。
で、そういった階級の人々にとって、祝い事に呼ばれないというのはメンツに関わってくる話なのだ。
本来呼ぶべき場面で、帝室の人間をハブろうという肝の据わった貴族がそうそういるとは思えないが、そんな人間がいたとしたら帝室の権威が失墜したとみなす者が出てくるだろう。
そうなれば統治にも影響が出る。なので、アンネのような立場としては呼ばれなかったことを問題視しないわけにはいかないのだ。
今回のように他国の伯爵の結婚式、なんて場合はともかく。
「アンネが本当に呪おうとしたら止めてやるから、安心しろ」
俺は茶化すように笑いながらアンネに言った。こういうのは笑い飛ばして深刻にならない方に流してしまおう。アンネは小さいながらもしっかりと頷いた。
「しかし、祝いの品か……この森でお祝い事に持っていくものって何なんだ?」
今度はサーミャに聞いてみる。肉を頬張っていたサーミャは、ちゃんとそれを飲み込んでから答えた。
「大体は肉かな。酒造りがうまいやつは”とっておき”を持ってきたりするけど。皆でそう言うのを持ち寄って、一夜のうちに全部食っちまう」
「へぇ。楽しそうだな」
「爺さんが付き合いがあるとこについてった事があるけど、まぁまぁ楽しかった」
盛大に焚き火を焚いてそこで肉を焼いたり、あるいは焚き火の周りで騒いだりするんだろうな。それはそれで楽しそうだ。
「うちっぽくはあるんだが、肉を持っていくわけにはいかんだろうな」
「遊びに行くときはともかくね」
ディアナが頷きながら言う。
「手土産としては問題ないのか」
「うちにもどこぞの森で捕らえたとか言う、なんとかって鹿の肉を持ってくるのはいたわよ」
「ほほう」
俺の質問にはアンネが答えてくれた。皇帝のところに持っていっていいなら、手土産になら大丈夫なんだな。
今のところ、うちで消費していってるが、余りそうなら多少はカミロやマリウスのところに持っていってやるか。
「肉はともかく、うちらしいもの……うちで、となると……」
「うちでしか作れないものでしょうね」
「ああ、じゃあ決まりだな」
リケの言葉で俺はひらめいた。うちから贈るものと言えば、もう決まりじゃないか。
首をひねる皆に「出来るまで秘密」とだけ言い残し、俺は夕食の残りを片付けにかかった。
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