円環

 魔力をこめる方法は判明した。あともう1つをクリアすればそれに沿って進めるだけである。


 そう、「本当に魔力がこもればメギスチウムは硬くなるのか?」という一番大事なことがまだ解決していない。

 さっき入った魔力の量は微々たるものだ。シート状になってしまったメギスチウムを捏ねてみると、すんなりと小さな塊に姿を変えてしまった。

 この程度の魔力では硬さが変わったのか、分かるほどではないということだ。


 だが、魔力で硬くなることが分かれば、あとは時間がかかっても、それを実直にこなしていくだけである。

 これで端緒は掴めた。俺はきっかけになったディアナに礼を言う。


「ありがとうな、ディアナ。よく気がついてくれた」

「これくらいならお安い御用よ」


 ディアナはパチリとウィンクをした。マリウスもそうだったが、美男美女のウィンクって様になるんだなぁ。


「さてさて、この量でどれくらい必要になってくるかね」

「大量だと困りますね」


 リケの言葉に俺は頷く。例えば一度の作業で1ずつしか入っていかないが、硬くするには100必要、とか言われたら大変に辛いものがある。

 まぁ、それでもやるしかないのだ。丸めたメギスチウムを金床に置くと、上から魔力をこめた板金を置いて、鎚を振り下ろした。


 メギスチウムに魔力を移している間、リケには魔力をこめた板金を用意してもらうことにした。

 板金に魔力をこめつつ、魔力を板金からメギスチウムに移すことができないかと、何度か試してみたのだが、チートをもってしてもどちらかしかできないようなのだ。

 そこで電池に充電するがごとく、魔力のこもった板金をリケに用意してもらうというわけである。


「すまんな」

「前にも言いましたけど弟子の役割の1つは、こうやって親方が使うものを準備することですからね。親方はなんでもかんでも自分でやりすぎなんですよ。ご自分でしかできないことも多いから、そのあたりはしょうがないですけど」


 リケがやや芝居がかった怒り方でそう言うと、聞いていたらしい皆がウンウンと頷く。

 俺としては、この実力の殆どがチートであると自覚しているから、自分でできることは自分でやんなきゃなと意識しているだけであるのだが、どうも家族にはそれが不満であるらしい。

 朝の日課である水汲みは、クルルとルーシーとの触れ合いの時間でもあるから譲れないが、その他の作業で任せても問題なさそうなところは、俺ができなくなってしまわない範囲で任せていこうかなぁ……。


 そんな事を考えつつ、ひたすらメギスチウムに魔力を移していく。リケが板金にこめられる魔力は俺とは比べるべくもないが、加熱などの手順を踏まない分、数をこなせばいいだけなのだ。

 俺が魔力をこめた板金との違いは板金を取り替える回数くらいでしかない。


 自分の板金を使いおわり、リケが作ってくれた魔力入りの板金で魔力を移しはじめてしばらくしてのことだ。

 鎚を振り下ろすと、それまでずっと聞こえていた「キン」という音の他に、小さく「コン」という音が交じった。鎚を振り下ろしたときの手応えもほんのわずか違っている。

 俺は試しに板金の下のメギスチウムを指でこねてみた。ほんの僅かだが、硬くなっているように感じる。

 でも、まだ気の所為のレベルを大きく逸脱はしていない。俺でもチートがあるからわかっているだけの気もするので、まとめたメギスチウムを再び板金の下に追いやり、叩いていく。


 そうすると、先程聞こえた「コン」という音は、少しずつその存在感を増していく。もはや聞き違いではないし、「コン」というよりも「フォン」と、グラス・ハープのような音に変わっていっている。

 更に叩いて、板金を叩いたときの反動が鋼だけのものではないと、完全に確信できるようになったので、平らになったメギスチウムを指先で捏ねてみる。


 グッと確実な手応えが返ってくる。魔力のこもっていないメギスチウムの硬さが捏ねて柔らかくした紙粘土だとすると、これは練る前の土粘土だ。

 それなりに硬さはあるものの、容易に傷がついてしまうし、手で簡単に形を変えられる。


 俺は気がつけばすっかり橙色に染まっている陽の光に、硬くなったメギスチウムをかざし、目を凝らした。

 これで限界量まで魔力が入っているとしたら、俺が加工できるメギスチウムの硬度の上限はここということになる。

 そうなると、今度はここから硬くする手法を探さねばならない。ちょっとそれは面倒が過ぎるというものだが、それくらいの覚悟もまぁ必要ではあろう。


 西日によって橙色をまとった金色の塊には、キラキラとしたものがまとわりついている。これならまだまだ入るはずだ。


「リケ、リディ」


 俺は2人を呼んだ。俺の見ているものが正しいのかを確認するためだ。


「リディ、魔力をみてくれ」


 俺の横からかざしているメギスチウムをリディが見つめ、やがて頷いた。


「なかなかの量が入ってると思います。でも、限界じゃないですね」

「わかった。ありがとう。リケはちょっと硬さをみてくれ」

「はい」


 俺から恭しくメギスチウムの小さな塊を受け取ったリケは、その小さくもしっかりした指先でメギスチウムを捏ねている。

 グッグッとドワーフの力と繊細さで、リケはメギスチウムの小さな八面体を作り上げた。


「確かにこれは硬くなってますね。このまま指輪にするのははばかられますが、形を作るならこれくらいからでもいいんじゃないでしょうか」

「そうか。ありがとう」


 これなら、後は魔力をひたすらこめる作業をすればいい。最後の問題は……。


「円環を作りつつ、魔力をこめる方法だな」


 俺が言うと、リケとリディが大きく頷く。でも、俺達の間には悲観的なものはもう何一つ残ってはいなかった。

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