狩り

 さすがは森で暮らす獣人だというべきだろうか、サーミャはほとんど音をさせずに歩いていく。その音も、俺は発生源が何かを知っているから感知できるが、そうでなければ風か何かに紛れてほとんど聞こえないかも知れないくらいのものだ。


 俺はその邪魔にならないように必死についていこうとするものの、どうしても大きめの音を立ててしまう。鹿の毛皮を靴裏に貼ったブーツでも作ってくるべきだったかな。普段履きしてると盗賊にでもなった気分になることうけあいだろうが。


 今も落ちている枝を踏んで音を立ててしまい、思わずサーミャの様子を窺ったが、特に気にしている様子はない。まだその音を気にしないといけないほど近くにはいないと言うことだろう。

 まぁ、だからと言って、耳のいい獣たちにこちらの音を聞かせて回る必要もない。遭遇する確率は少しでもあげたいものだ。


 サーミャの後をなるべく音を立てないように、かつ、引き離されないよう、そしてコケたりしないように必死についていってしばらく、獲物に出会うことはなかったが、泉に出た。


 この森には湖がある。近くの山からの伏流水が湧いているようなのだが、そのポイントが少しズレてここで湧き、泉になったのだろう。

 泉からそう離れていないところで、サーミャが身を低くした。俺も慌てて同じように屈む。

 しばらくじっとあたりの様子を窺っていたサーミャは、次に這いつくばるようにして地面をチェックしている。


「足跡がある。古いのとそうでないのが混じってるから、またここに来ると思う。ここで待とうぜ」

「ああ」


 小声で言うサーミャに、俺も小声で返した。獲物が水を飲みに来たところを仕留めるつもりのようだ。

 確か虎も同じような行動するんじゃなかったかな、といったようなことが頭をよぎったが、口にはしないでおいた。

 しばらく鼻をヒクヒクさせていたサーミャがぽつりと呟く。


「……それにしても」

「うん?」

「増えたよなぁ」

「ああ……」


 サーミャが呟いたのは家族の話だ。最初はサーミャだけだった。ほどなくしてリケが、そしてディアナ、リディとトントン拍子に増え、ヘレンとアンネも加わった。さらに言うなら、クルルとルーシーもだ。

 さすがに小家族とも言えない人数になってきている。そこが面白くないのかも知れない。

 俺はなんとなくで泉に向けていた視線をサーミャに向けた。


「嫌か?」

「ううん、別に。みんなと話したりするの、楽しいし」

「そうか」


 サーミャは泉のほとりへと視線を移した。俺も再び視線を戻す。


「アタシさぁ、もうちょっとのんびり暮らすのかと思ってたよ」

「それは俺が一番思ってるよ」

「本当に?」

「ああ」


 2人とも視線を泉に貼り付けたまま、ごく小さな声で話す。


「俺も少なくとも数年は3人で……まぁ、1年か2年でリケが出てっちゃったら、その後しばらくは2人で過ごすんだろうなと思ってたさ」


 いざ蓋を開ければ、全くそんなことはなかったわけだが。この辺り”ウォッチドッグ”の関与があるのかないのか、あるのならどういうつもりなのか問い質したいところだが、その機会はきっとあるまい。


「さっき言ったけどさ」

「うん」

「アタシも別に不満があるわけじゃないんだ」

「うん」

「ただ……」


 そこで、そっと俺の肩のあたりに暖かい何かが触れるのを感じた。見るとサーミャの頭があった。顔を伏せていて表情は分からない。

 次にどんな言葉が続くのだろうか、ドキドキして俺は生唾を飲み込む。サーミャが顔を上げ、俺と目が合った。心なしか瞳が潤んでいるようにも見える。

 俺の心臓はいよいよ早鐘を打ち始めた。ええい、落ち着け。


 その時、サーミャの頭が横を向いた。泉の方だ。鼻をヒクヒクさせている。

 慌てて同じ方を見ると、なかなかに大きな樹鹿が泉の水を飲んでいた。周囲にはもう3頭ほど、水を飲んでいるのよりも小さいのがいる。

 水を飲んでいるのがオスだとしたら、小さいのはメスだろうか。


 俺とサーミャは再び目線を合わせると、互いにそっと頷き、置いてあった弓を手に取った。

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