最初の休日

 部屋の増築も、特注品レベルのナイフ作りもなかったので、すぐに納品物は納入予定数に達した。しかし、納品日はまだ先だ。となれば、当然のことながら休日と言うことになる。


 その休日の前の日、仕事を終えて夕食も済ませたあと、俺はディアナに頼んで弓を借りていた。

 弦を軽く引いてみると、思ったよりもガチッとした手応えが返ってくる。


「結構強めに弦を張ってあるんだな」

「遠くにいるときに狙わないといけないこともあるし、弱いと弾かれるからね」

「なるほど」


 下生えも多いような状況では少しの移動で位置がバレることもあるだろうから、遠くから狙わないといけないし、獲物に突き刺すには十分な速度を保った状態で到達させる必要がある。

 ベストは獲物には匂いと音が届かない風下で、かつ開けた場所にいる獲物からは見えにくい場所、それも100メートル以内に接近し矢を放つことだが、この森ではその状態を望むことは難しいだろう。

 自然、待ち伏せするなり、あるいは待ち構えているところに追い立てるなりといった手段をとることが多くなる。

 実際にサーミャたちは勢子をつかって追い立てる方法をよく使うようだ。先日も狩りに行っていたが、アンネが疲れて戻ってきていた。


「じゃ、ちょっと借りるな」

「ええ。壊さないでね……とは言っても、すぐに直せちゃうか」

「他人の物を好き好んで壊す趣味はないから、心配するな」

「そうね」


 俺とディアナは顔を見合わせて笑った。


 翌朝、朝食までを終えた俺はいつもの服装に弓と矢筒を身につけて準備をしていた。

 習慣で腰に佩いている薄氷を手に取り、自分の部屋を出てから、はたと気づく。


「そうか、今日は薄氷は邪魔になるよなぁ……」

「アタシなら置いてくね」

「だよな。置いていこう」


 休日トップバッターのサーミャ--つまりはこの森のプロだ--に言われて、家で留守番をするディアナに薄氷を渡す。


「俺の部屋に片付けといてくれ」

「うん、わかった。いってらっしゃい」

『いってきます』


 俺とサーミャでみんなに「いってきます」をして家を出た。クルルとルーシーが「おでかけ!?おでかけ!?」と言う顔をして走り寄ってくる。

 このところ、狩りのときにはずっと一緒だから、今回も一緒だと思ったんだろう。俺がそんな2人を撫でながら、


「よしよし、今日はおうちでお留守番しててな。後でお姉ちゃん達が遊んでくれるから」


 と言うと、2人共「クルルルルルル」「わんわん!」と素直に小屋のほうへ戻っていく。俺はその後姿に「おりこうさん」と声をかけた。


 そう、今日はサーミャと2人だけで狩りに出かけるのだ。俺は慣れていないし、2人だけなのであまり大きな獲物は狙わないことになっている。

 肉の貯蔵量は十分だし、肉を得ることが目的ではなく、狩りに一緒に出かけて仕留めるところまでが目的なのだ(仕留められればもちろん肉として持ち帰るが)。

 そう言う意味ではスポーツハンティングに近いものがあるな。前の世界でスポーツハンティングのネット番組を見てから少し興味もあったし、ちょっとワクワクしている。


「そう言えば、2人だけで森を行くのは随分と久しぶりだな。お前がうちに来てからそんなに経たないうちにリケも来たし」

「あー、そういやそうか。もうみんながいるのが普通になってたよ」


 ガサガサと下生えをかき分けながらサーミャが言う。ここらはまだ狩りをする領域に辿り着いてないとかで、危ないのがいないかの警戒くらいで、慎重に獲物に近づくような動きはしていない。

 森の中はと言うと、今日は気持ちのいい晴れの空で、緑色に染まった光が辺りを満たし、ところどころに木漏れ日がスポットライトのように地面を照らしていた。

 そのスポットライトを浴びて、拍手喝采に応えるかのように緑のステージの上で咲き誇る花もあったりして、ここが危険な森だと言うことを一瞬忘れてしまいそうになる。


「植物だのなんだのの採集には出たことがあるけど、動物を狩るのは初めてだなぁ」


 俺は歩きながらそう言った。熊とやりあいはしたが、あれは狩りじゃなくて退治だったからなぁ。


「そんな難しいもんでもないよ。釣りみたいな……いや、エイゾウの釣りの腕を考えるとわかんないな」


 俺の言葉を聞いたサーミャはそう言ってニヤッと笑った。

 俺も笑いながら、彼女に「こいつめ」と言いつつ頭をガシガシしてやると、彼女は「キャー」と笑って身体を縮こませるが、逃げることはなかった。


 道すがらに幾つかの薬草を摘んだりしつつ、2~3時間ほど歩いただろうか。家からは結構離れているはずのその辺りで、サーミャの動きが変わった。

 少し腰を落とし、お得意の足音を殺す歩き方になっている。鼻をひくひくさせているのはここら辺りの匂いを探っているんだろう。

 そして、彼女は少し後ろについていた俺を振り返りながら、小さな声で言った。


「ここからはゆっくり行くぞ」

「ここらのを狙うんだな?」


 俺はサーミャに聞こえるか聞こえないかくらいの声で返す。彼女からの答えは頷きである。俺も了解の意を示すべく頷き返すと、そろりそろりとなるべく足音が立たないように歩を進めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る