畑はうちの裏庭……から部屋の増設で中庭になったところにある。今は森で採集してきた薬草や香草なんかをリディが育てていて、小さな花を咲かせていたり、いい匂いをさせている。

 俺が夕食の準備をしたり、ヘレンたちが稽古している時間にリディが手入れしていただけあって、土も荒れたりしていない。


 ただ、そうやって薬草や香草が、その青々とした姿を見せているのは畑の一角だけで、他は茶色い土を見せていた。

 いつかここに育てるものが来るからと、手入れだけは続けてくれていたのだろう。


「じゃあ、今回はニンジンとカブ、ニンニクに香草と芋を植えるのか」

「はい。少し畑を広くする必要がありますが……」

「うちは力自慢が多いから平気だろ」

「そうですね」


 リディはクスリと笑った。これで野菜たちが育ってくれれば、料理の幅も広がる。大期待なのはニンニクだ。効能もさることながら、肉を焼くにせよスープにするにせよ、これがあるとないのとでは食べたときに違ってくる。

 ただ、当然ながら食べすぎると妙齢のお嬢様方には気になる事態が発生するだろう。まぁ家族以外に顔を合わせる人もいないが、客がいつ来ないとも限らないし気をつけるに越したことはなかろう。


 耕すためのくわは3つある。なので、俺とヘレン、アンネが耕して畑を広げ、その間に他のみんながニンジンだの香草だのを植える。


「よっ」


 勢いよく鍬を振り上げ、腰を入れて振り下ろす。ざくり、とまだ固い土に鍬の刃がしっかりと刺さる感触が手に伝わってきた。

 降雨量のせいなのか、それとも魔力に由来するものなのか、この辺りの土はやたらと固い。それをものともしないのが、俺が特注品レベルで作ったこの鍬だが、これがなければ、家庭菜園程度の広さを耕すのにも難儀したことだろう。


 牛に牽かせるタイプのすきは今のところ作っていない。

 あればクルルに牽かせて楽ができたし、彼女もさぞ喜んだことだろうと思うが、そこまで耕作地を大きくするつもりが今のところはないからなぁ。

 完全な自給自足を目論むなら必要になってくるだろうから、時間の問題かも知れない。


 俺たちは3人並んでいたが、やはり俺とヘレンの作業が早く、アンネは少し遅れが出ている。別段急ぐようなこともないのだが、アンネはそれが気になるらしい。


「エイゾウは家名持ちのはずなのに、なんでそんなに農作業に慣れてるのよ」

「鍛冶仕事と同じでね。の家名持ちがこういうところで暮らすには色々できないといけないんだよ」


 実際には野良仕事をしたのは中学生の頃、爺さん家で「手伝え」と言われて手伝ったのが最後である。今の手際はチートとインストールによるもので、俺の実力かと言われると甚だ怪しい。


「なるほどねぇ。ヘレン、なにかコツってあるの?」

「そうだなぁ……。こう、ぐっと腰を入れてザッと刺さったらグイッと引いてだな」

「教え方が雑!」

「人に教えるのは苦手なんだよ!」


 ヘレンがぶんむくれて、アンネがごめんごめんと謝っている。そして2人ともすぐに笑顔を取り戻した。

 ほとんど己の才覚だけで生きてきたようなところもあるからな、ヘレンは。俺とはまた違った感じで人に教えにくいに違いない。見えているものが違うと言うか。


 そうして鍬を振るいながら、俺は少しだけ気になっていたことを聞いてみた。


「そう言えば、ヘレンはフルプレートメイルを着たことはあるのか?」

「へ? ああ、一応はあるよ。戦場では着たことないけど」

「へぇ」

「なんだったかな……なんかの式典だかに連れ出された時に”儀仗用”だか言うのを着せられた」

「なんの式典かは興味なかったわけだな」


 俺の言葉に、ヘレンは見えない相手に文句を言うかのように下唇を前に出した。

 きっとその対応にあたったやつに「傭兵風情」とかなんとか言われでもして、それを思い出したんだろう。


「アタイはああいう堅っ苦しいのはどうも苦手だ。そんなに時間も経たないうちに脱がせて貰ったよ」

「動く分には支障はなかったのか?」

「そうでないと戦場じゃ死ぬだけだし、儀仗用と言っても動きが無様だと無礼になりかねないから」

「そりゃそうか」


 俺は目線をまだ耕されていない土に戻して、鍬を振り下ろした。


「なんだ、作ってくれるのか?」

「いやぁ……」


 俺は再び顔をあげる。フルプレートメイルも当たり前ながら鍛冶のチートが効く範囲だ。速度も品質も最高級--後年に銃火器が出現した場合、その射撃にも耐えうるレベルのものができるだろう。

 では、なぜ作らないのか。


「やたらとパーツが多くて面倒なんだよな……」


 さすがのチートでも部品数を減らすことは不可能に近い。

 となれば膨大な数のパーツを作る必要がある。1つ1つにかかる時間は少なくとも、チリも積もればなんとやらだ。

 だがしかしである。


「そうは言っても、こないだみたいなこともあるからなぁ……。みんなに胸甲とか脛当てみたいなのは作ってもいいかもな」

「おっ」

「ほほう」


 俺の言葉に、ヘレンとアンネが同時に反応した。ヘレンは満面の笑み、アンネは目をキラーンと光らせている。


「そのうちな、そのうち」


 俺はそう言うと、目を再び固い土に戻した。

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