証
畑を耕す作業は程なく終えることができた。1人慣れていないのがいるとは言っても力自慢の3人の作業だし、面積もそう大きいものではないしな。
なので、俺たちも順次種蒔きに加わることにした。厳密には今俺たちが耕したところに種芋を植える作業である。
芋は芽の出ている部分で切り分け、切り口に鍛冶場から持ってきた灰(作業でも使うやつだ)を付けてから植える、とやる内容で言えば難しいことではないのだが、それなりの数をこなさなければいけない。
麻袋からゴロゴロと放り出した芋を1つ1つ切りながら植えていく。その途中で、芋を1つ手にとったアンネが何気なく言った。
「この芋ってこのまま食べられないの?」
「芽が出てっからなぁ……。芽を取って、皮が緑になっているとこがあったら、そこも取っちまえば食えるとは思うが。毒があるんだよ」
「えっ」
「念の為にやめとけ」
「そうする」
俺が知ってるジャガイモと同じであるなら、毒性が高いのは主に芽や皮のはずだ。
切った感じでも大丈夫そうには見えるが、実際には食用に適さない状態になっている可能性もあるし、止めといたほうが無難だろう。
俺とアンネのやり取りを聞いていたヘレンも芋を植えながら言った。
「ああ、それで芋食って腹壊すやつがいたのか」
「毒のある状態で大量に食っちまうと下手すりゃ死ぬからな」
「そうなのか?」
「うん。ヘレンも傭兵稼業に戻ることがあったら気をつけろよ」
「わかった。そうする」
気をつけろとは言ったが、ヘレンが傭兵稼業に戻るとしたら、そこは戦場である。常に十分な補給があるとは限らない。
時には「これを食べなければどのみち死ぬしかない」ということもあるだろう。そういうときに、ままよと食べるのまでは止められまい。
だが、腹痛程度で済むとしても避けられるものは避けてほしいものだ。
総勢7名+応援隊2名(言わずもがなクルルとルーシーである)の活躍により、日が暮れるころには種蒔きは終わり、土は水を吸ってその明度を落としていた。
「獣も寄らないんだったら、柵はいらないかな」
「そうですね。村では作ってましたけど」
その他に注意すべきは人間(獣人やドワーフ、エルフに巨人族なども含む)であるが、そこは対処したところであまり意味はないだろう。
わざわざこんなド辺鄙なところまで、さして大きくもない畑の作物を狙ってくるようなやつがそうそういるとも思えないしな……。
年中成長するとはいっても、流石に「植えてもう今晩にはできますよ」と言うほどの成長はしない。したらしたで口に入れるのは躊躇してしまうが。
俺は今後のメニュー拡充に思いを馳せつつ、今日の夕飯の準備に取り掛かった。
翌日、今日からは再び納品物を製作していく。今日はナイフだな。一通り朝のルーティーンをこなしたら、板金を火床に入れて熱していく。
「そう言えば、アンネの分がまだだったなぁ……」
少しずつ熱を帯びて赤みを得ていく板金を見ながら、俺は呟いた。
「作ります?」
「家族の証だからな。お前には作らない、って話はないな」
「じゃあ、見学します」
「うん」
リケがうちに来てから、思ったよりも時間は過ぎていない。それでもドンドンと様々な技術を吸収し、彼女の腕は結構なものになっていた。
それでも彼女に言わせれば「私なんてまだまだですよ」らしい。俺の技術もまだまだチートに頼っているわけで、効率的な教え方ができないのが歯がゆいところだが、こうして見取り稽古でなんとかしてもらっているのだ。
エイゾウ工房のナイフで特注品レベルのものは、うちの家族ならみんな持っている。
切れ味が凄すぎるが、一応日常に使えるものであり、護身用であり、家族の証である。
逆にナイフでこのレベルのものは市中には出していない。技術の漏洩がどうこうではなく、単純に危ないからだ。
なので、特注品レベルのナイフを製作する機会はあまりない。その少ない機会を見逃すまいと、リケは俺と一緒に火床を覗きこむ。
赤熱した板金を取り出して、金床に置いて鎚を振るう。この”黒の森”に満ちている魔力を叩き込むかのようにだ。金属と金属のぶつかり合う大きな音が響き、一度で入り切らなかった魔力が、キラキラと光の粒のようになって辺りに散らばる。
そのすべてを見逃すまいと、隣ではリケがその様子をまばたきもせずに見ていた。
叩き、熱し、叩き、熱し。これらを繰り返すこと幾度。魔力をふんだんにまとったナイフの形ができあがった。もちろん、このままでは「ナイフの形をした鉄の棒」でしかない。
入れ込んだ魔力が抜けないように削り、”太った猫が座っている刻印”を入れたら、火床に入れて加熱する。
いい温度になったら取り出して水槽につけて急冷だ。水の側からすれば急熱である。水槽の水は「ジュウ」と言う大きな音を立てて、湯気を立ち上らせた。
これでナイフは硬さを得た。次は粘り強さだ。風を送り込んで少し温度が上がり、炎を巻き上げている火床の炎にナイフを晒す。ほんの少しだけ温度を上げたら、すぐに火から外した。
この後は仕上げになるが、それは昼飯を食ってからだな。俺はみんなに声をかけて、昼の休憩に入った。
昼飯を食い終わったあと、ナイフの全体を磨いていく。薄ぼんやりと曇っていたナイフの刃が輝きを得ていき、鍛冶場のあちこちにある炎を反射して煌めいた。
「残りは研ぎだな」
「はい」
「やってみるか?」
「いえ、これで私が研いでしまうと台無しにしそうなので……」
「大丈夫だと思うがなぁ。無理強いも良くないか」
魔力を多量に含んだ鋼を研ぐこともいずれは出来るようになって欲しいし、俺が見たところでは出来そうには思うのだが、本人が無理だと言っているものを無理にやらせる趣味はない。自分でやるか。
俺は砥石を水に浸すと、ナイフの刃を宛てがって擦り付けるように動かし、刃をつけていった。
刃がつけば最後の作業だ。握りのところに鹿革を巻く。
「よーし、出来た」
「お見事です。拝見しても?」
「もちろん」
リケにナイフを手渡す。彼女は新しいおもちゃを貰った子供のように目を輝かせ、矯めつ眇めつナイフを見回す。
「また少しいい出来になってません?」
「そうか?」
自分では今までのものと手応えに大きな違いはなかったが、リケが言うのならそうなのかも知れない。
「鞘を作るから、その間見てていいぞ」
「ありがとうございます」
俺が木材を割ったり貼ったり削ったりして鞘を作っている間、リケはずっと「ほほう」「なるほどなるほど」とか言いながらナイフを見ていた。
鞘が完成すると、俺は炉に鉄石を入れる作業をしていたアンネに声をかける。アンネは口元を覆うようにつけていた布を下ろした。
「なあに?」
「こいつを渡しておこう。夕飯の時でも良かったんだが、こう言うのは早いほうがいいと思ってな」
鞘に収めたナイフをアンネに渡す。
「これは……ナイフ?」
「ああ、俺が本気を出して作ったものだ。めちゃくちゃ切れるから、取り扱いには注意してくれ」
「わかった。でもなんで?」
「家族の証だからだよ。うちではみんな持ってる」
「そうなの?」
「ああ。家族になったから、アンネにも渡さなきゃな」
俺の言葉で、みんなが懐からナイフを取り出して見せた。絵面の怖さはもう今さらだろう。アンネはそれを見て一度大きく頷く。
「そう。私もこれで本当に家族になったのね……ありがとう」
そう言って、アンネは暫く渡したナイフを胸に抱くようにしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます