都へ

「じゃあ、帝国に戻ったら政務に?」

「そうなると思いますね。とは言っても、ご存じでしょうけど我が国は体制的にアレなので、私がやることは思っていらっしゃるよりは少ないですが」


 ワインのあとにリケの火酒を分けてもらったら気に入ったらしく、今に取りかかってご機嫌なアンネがディアナの言葉に応えた。

 既に顔は真っ赤だが、受け答えはしっかりしている。4~5杯呑んでもケロッとしているリケには及ぶべくもないが、酒に弱いほうではないらしい。

 あんまり深酒すると明日に響くぞとは思ったが、この先こんな機会がほぼ無いとなれば、その気持ちもよく分かる。なので、酒に弱い俺はまだ1杯目のワインをちびちびやりながら話に耳を傾けるにとどめておいた。


 その後、テーブルで寝入ってしまい、サーミャとヘレンに運ばれていたのはご愛敬と言うものだろう。


「頭痛とかはしませんか」

「はい。寝入ってしまいましたが、二日酔いはしないので」

「それなら良かった」


 今日これから馬車に揺られるからな。二日酔いのまま乗ると今度は乗り物酔いまっしぐらだ。都に着けば何らかの場には引っ張り出されるんだろうし、そこでグロッキー状態でいるわけにもいくまい。


 パパッと皆の朝飯の準備を済ませたあと、塩漬け肉を加熱したものを無発酵パンで挟んだものを俺とアンネの朝飯として用意しておく。

 俺の準備……と言っても、今回は鍛冶仕事はないつもりなので、俺が用意するのは薄氷と納品用の槍4本くらいなものだ。

 その間にアンネは荷物をまとめていた。本来なら帰れるはずだったあの日と同じで、荷物と両手剣を背にしているが、あの日よりもほんの少し迫力が増しているような気もする。うちでの狩りで鍛えられたとかじゃなかろうな……。


「それじゃ、いってきます」

「いってらっしゃい」


 俺と皆は普通のいってきますをする。


「みなさん、重ね重ねお世話になりました。ここでの日々は一生忘れることは無いでしょう。ありがとうございました。」


 アンネが頭を下げた。帝国第七皇女としてではない。帝国第七皇女の立場であれば、うちの家族に頭は下げられない。それは一般庶民(1人伯爵家令嬢がいるが)に借りを作るということで、許されることでは無いだろう。

 皆もアンネにハグしたり握手したりしながら、別れを惜しんでいた。


 森の入口へは俺とアンネだけで行く。これまでずっと万が一を考えてきたが、このタイミングで俺を誅するメリットは皆無だ。それが分からないアンネではない。

 俺が単に情に絆されているだけというのも否定はしないが。


 森は俺たちの状況などお構いなしに、気持ちの良い木漏れ日と風で辺りを満たしていた。


「こういう日にピクニックに行けたら良かったんですけどね」

「私も楽しみにしていたので、それだけは心残りです」


 心底がっかりしたように、小声でアンネは言った。事態がもう少し動かないでいてくれれば良かったのに、と思わなくもない。

 だが、それはアンネが帰る日が延びることも意味する。それはよろしくなかろう。単に日の巡りが良くなかったと思うしかない。


「ピクニックには行けませんでしたが、それっぽい食事はあるので、それでご辛抱ください」

「ええ、楽しみです」


 どこか遠くでさえずる鳥の声を聞きながら、俺たちは森の中を進んでいった。


 森の入口に辿り着く。近くの街道からは見えにくい茂みに荷物を下ろして、アンネを座らせた。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 荷物の中から朝食を取り出してアンネに渡す。


「エイゾウさんはこう言うの慣れてらっしゃるんですか?」

「まさか」


 俺は苦笑した。前の世界でもこんな経験をしたことはない。


「ただ、前に一度似たようなことをしましてね。その時は木の上で食事しましたが」

「凄い! 野伏レンジャーみたいですね!」

「いえ、そんな良いものでは……」


 実際のところ失脚工作に携わった訳だから、スパイかレンジャーかと言った感じではあったが。もちろんその辺はアンネには内緒だ。

 しかし、帝国にはレンジャーがいるのか。それとなく聞いてみると、「王国にもいますでしょう?」と婉曲的にだが認めていた。帝国の革命騒ぎは実際には茶番であったわけだが、あれが本当に起きていたことであったら、帝国のレンジャーやスパイ達が大活躍していたことだろう。


「もっと景色のいいところで食事に出来たら良かったんですが」

「いえいえ、ここでも十分ですよ。おいしいですねぇ」


 アンネは満面の笑みで応えた。その表情には全く装いというものを感じない。ほんの少しでも、気を楽にして過ごせる時間が増えたのなら良かった。


「来ましたね」


 そうして簡単な朝飯を終えて、茂みの影から街道の様子をうかがっていると、しばらくして見知った顔が操る馬車が見えてきた。


「行きましょう」

「はい」


 俺とアンネは荷物をまとめ、馬車に近づいた。我が家とアンネの運命を乗せて、都に運ぶ馬車に。

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