曇のち雨
バタバタとカミロの店の2階へ全員で上がっていく。
「身体は平気ですか?」
俺はアンネに聞いた。決して短くはない時間、荷台にうずくまって布を引っ被っていたのである。少なからずキツかっただろう。
「ええ。動かないのは慣れてますから」
俺の想像に反して、アンネは笑顔で返してきた。言われてみれば、第七皇女ともなると数時間もの間じっとしてないといけないこともありそうではある。それも微笑みを顔に貼り付けたままで。
実際慣れっこなのだろうが、それが慣れっこであることに若干の違和感を覚えて、俺は「それは何より」と返すのが精一杯だった。
カミロの店はデカいが、それでも裏から2階の商談室(と俺が勝手に呼んでいる部屋)まで5分もかからない。程なくたどり着いて扉を開ける。
「おお、来たか」
部屋に入ると、いつもの快活な髭面が俺を待っていた。そして、他にも2人。
「伯爵閣下、お久しぶりです」
まず目に入ったのはかなり簡素な服を着たマリウスである。他に誰もいなければ「マリウス」と呼び捨てにしているところだろう。そうしなかったのはアンネがいることもあるが、
「侯爵閣下も長らくお目にかかっておりませんで」
マリウスと一緒にいたもう1人がマリウスに負けず劣らず簡素な服装の侯爵だからだ。流石に侯爵の前でマリウスを呼び捨てるわけにもいくまい。頭を下げて挨拶をした俺に、2人とも頷きで返礼する。
さて、アンネのことはどうしたものかと思っていると、
「お初にお目にかかります。帝国第七皇女アンネマリー・クリスティーン・ヴィースナーにございます。以後お見知りおきを、エイムール伯爵、メンツェル侯爵」
と優雅なお辞儀で自己紹介をする。俺は隣で目を白黒させるしかない。
「これは皇女殿下自らとは畏れ多くございます。王国侯爵、グレゴール・ヴィルヘルム・メンツェルでございます」
「同じく王国伯爵、マリウス・アルバート・エイムールにございます」
2人はそのまま膝をついて頭を垂れ、挨拶をした。
「ご丁寧にありがとうございます」
アンネのその言葉で2人は立ち上がった。俺たちは全員席につく。
「さて、皆”よそ行き”はここまでにしよう。皇女殿下も」
ドカリ、と椅子に座った侯爵が低いハッキリとした声で言う。ここからは立場不問かつ他言無用というわけだ。アンネもその言葉に頷いた。
「今回の問題の発端はエイゾウ……と言いたいが、元を正せばワシの頼み事が原因だからな。すまん」
そう言ってあっさりと頭を下げる侯爵。他言無用とはいっても、こうあっさり頭を下げられる人間はそうはいない。この国の大臣で侯爵なのだ。
「いえ、頭を上げてください。こうなる可能性も考えておくべきでしたし」
俺は手を振りながら言った。極端な話、王国中にうちの製品が出回るまでには帝国にも流れて接触を図られる可能性は十分にあったわけだ。見られたのが俺の本気の製品だと言うイレギュラーもあるにはあるが、それが遅いか早いかだけである。
侯爵は「ふむ」と言いながら頭を上げた。今度はマリウスが話を続ける。
「王国の人間が関わっているという話は聞いてるな?」
「ああ」
前の納品の帰りにカテリナさんから聞いた話だ。王国の人間が関わっているが、それ以上はまだ分かってないとかなんとか。
「あの後うちで調べたが、奴さん思いの外早くに尻尾を出したよ。失敗したのが分かったんで、泡食ったんだろうな。帝国に人をやっていた」
「てことは、俺たちが撃退したのは」
「ああ。そいつの手引で帝国の人間が入ってた、ってことだ。誰が狙ってたのかはエイゾウたちにはどうでもいいことだろうし、伏せさせてもらうが」
俺はチラッとアンネの方を伺った。見た目には表情の変化はいられない。兄貴だかの可能性はあると言ってたしなぁ……。
「そんなわけで、ワシのところで幕引きを図っておる」
「我々は基本的には帝国のゴタゴタに巻き込まれただけ、というスタンスだ。侯爵閣下はちゃっかりと美味しいところに乗っかられたようだが」
「おいおい、ワシも今回は結構なとばっちりを受けておるんだぞ」
「存じております」
まるで見えない剣で稽古でもしているかのようにマリウスと侯爵がやりあう。これはまだマシというか、気心が知れた間だからじゃれ合いみたいなもので、王宮の中だともっと陰惨なやり取りになるんだろうな……。
「それで?どうするんだ?」
「帝国のゴタゴタだから、基本的には帝国内部で片付けてもらうのがスジだ。だが、こちらも手引した者がいる以上、一切知りませんとも言えんだろうな」
マリウスはそこで一旦言葉を切る。続きを話すか話すまいか逡巡しているのだ。俺はとっくのとうに巻き込まれていることは承知だろうが、それでも更に巻き込むことに抵抗を覚えてくれているのだろう。
俺は言葉には出さずに、頷くことで続きを促した。
「エイゾウ、君に頼みたいことがある。武器を、それも一級品を作ってくれ」
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