見かけ上は平和な日々

 翌日からは俺とリケ以外には板金や型を作ったり、作った型に鉄を流し込んだりしてもらい、その間に俺とリケで剣やナイフを作っていく。”いつも”通りの生活だ。

 アンネはお客さんではあるので、毎回「やらなくてもいい」と言っているのだが、「やることもないので」と積極的に手伝ってくれている。そんなアンネも最初こそ型作りの粘土や、板金を打つのにも一喜一憂していたが、やがて自分で色々とサーミャ達にコツやなんかを聞いていた。


「ヘレンさん、型のここの部分がうまくいかなくて……」

「もっとグッと押し付ける感じで平気だぞ」

「こ、こうですか?」

「そうそう。隙間があるとエイゾウたちの手間が増えるからな」


「リディさんみたいにきれいな板にならなくて……」

「そうですね……あまり流れる速度が変わらないように注いでみてください」

「結構難しいですね」

「水とはちょっと違うでしょう? 私も最初は難しかったです」


 とまぁ、こんな感じで、家族と一緒にワイワイとやってくれている。仕事ではあるのだが、仕事にも楽しみがなくては。一応スローライフが目標なのだから。


「一通り落ち着いたら、ちょっと出かけたいな」


 ある日の作業中、そんなことを呟いた。このところ、こうして家で作業したりしている間が一番落ち着ける時間になっている。

 日々の休憩やら食事時間やらで、特段ストレスが大きく溜まっているというわけでもないが、それとは別のリフレッシュタイムがあってもバチは当たらんのではなかろうか。


「すみません……」


 それを聞きつけたアンネがシュンとしてしまう。しまった、ちょっと迂闊な発言だったか。俺は慌ててフォローする。


「いえいえ、アンネさんが悪いわけじゃないんですし。片付いたあと、少しでも時間が取れたらアンネさんも一緒に行きましょう」

「いいんですか!?」

「もちろん」


 一瞬前とは打って変わって花が咲くような笑顔になるアンネ。ゴタゴタのきっかけではあるし、これらの黒幕がアンネだったという可能性も完全に捨ててはいないが、それはほぼなかろう。

 なぜなら、もし俺たちを害しようとか、強制的に連れ出そうとするなら、今までにチャンスはいくらでもあったからだ。

 可能性としてはもっと適したチャンスを待っている、とかはあるかも知れない。しかし、それだとあまりに時間がかかりすぎている。

 いくらいい製品を作る鍛冶屋だと言っても、そこまでのコストを掛けるほどだろうか、と我が事ながら思うのである。

 なので、最後に一緒に釣りなりピクニックなりに行くのは問題なかろう。……最後の警戒ポイントではあるけども、と言う判断である。


「最後くらい、いい思い出を残して帰りましょう」

「……そうですね」


 アンネは少し寂しそうに言った。少しはこの生活を気に入ってくれているのだろうか。そのまま「あの森ではこんな生活をしているのだから、帝国としては手を出すのはよそう」と思ってくれると良いのだが。

 王国の方は今のところマリウス(と、侯爵閣下)が食い止めてくれるだろうから、あんまり心配はしていない。


 そのマリウス達も今頃はこの問題の解決のために東奔西走してくれているのだろうか。もしそうなら、有り難いことである。心の中でそっと感謝を述べながら、剣を打つ鎚に力を込めた。


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