刺客
ゆっくりと森の入口に近づく。ずっと”入口”と呼んではいるが、単に周囲と比べてそこがちょっと開けた感じになっているだけである。
「ここまで戻れば迎えが……」
アンネがそう言ったとき、サーミャがサッと前に出た。
「血の臭いがする」
あまり大きくはないが、しかしハッキリとした声でサーミャは言った。
俺の鼻には何も感じない。雨も降っているし、あったとしてかなり流れているはずだが、サーミャの鼻には届いたらしい。
俺が戸惑っていると、ヘレンがショートソードを抜いた。背中と腰の両方だ。
「いるな」
「ああ」
サーミャとヘレンがそう言い合って頷く。ヘレンも何かを感じたということは、サーミャの勘違いではないらしい。サーミャは弓を準備する。
俺もそろりと”薄氷”を抜いた。3振の剣と刀が、薄暗い空間を青く照らしている。今更だが夜戦だと不利かも知れんなこれ。
俺たちの動きを見て、ディアナも剣を抜き、リディも弓を準備した。リケはクルルとルーシーを少し後ろに下げている。あまり離れすぎるとそこを狙われかねないので、大きくは離れない。
「いるんだろ!?出てこい!出てこなきゃコイツの弓でぶち抜くぞ!!!」
耳鳴りがしそうなほどの大声でヘレンが叫んだ。脅すようにサーミャが弓を引き絞る。いつの間にか阿吽の呼吸で動けるようになっていて、緊迫した状況をよそに、俺はちょっとした感動を覚えていた。
出ていくかどうかの逡巡があったのだろう、少しの間があいた。
その後、全身を薄緑色の装束に包んだ人影が5つほど現れた。覆面に覆われていて顔はよく見えない。全身を見た感じ、忍者のようでもある。これですんなり全員出てきたとも思えないので、恐らくあと2~3人程度は伏せてあると思ったほうがいいだろう。
「一応聞いておきますが、アレはお迎えの方ですか?」
お迎えだったとしても100%あの世へのお迎えだろうな、とは思いつつ俺はアンネに聞いた。返事はブンブンと横に振られた首である。
「おとなしく引き渡せば、お前たちに手は出さない」
緑の1人が言った。男の声だ。王国と帝国、どっち側の人間かは分からないが、用があるのはアンネにだけらしい。
「そう言われて、大事なお客さんを俺たちが素直に渡すと思うか?」
常識的に考えればアンネは客なだけで、俺たちがかばいだてして厄介事を抱え込む必要はまったくない。
だが、それでもだ。いかに面倒くさかろうとも、一度知り合った相手を怪しいおっさん達にそうですか、と引き渡すほど薄情でもないつもりである。
俺の回答を聞いて、男たちは身構えた。手には刃渡りがショートソードとナイフの中間くらいの刃物が握られている。刃からしたたり落ちている液体が毒なのか雨なのかは分からない。
喧嘩を売ったまでは良かったが、これからどうするべきか。俺は職人であって商人ではないから、売ったものをどうするかまでは専門外だ。物品販売のチートも貰っておけばよかったかな。
とは言え、「やっぱやーめた」というわけにもいくまい。
「ディアナとリディとリケはアンネさんとクルルたちを連れて急いで家に戻れ。ここは俺とサーミャ、ヘレンでなんとかする。もし誰か1人しか戻らない時は……すぐに家を出て都へ行くんだ」
俺はそう指示を出した。家族たちに逡巡が見える。しかし、「急げ!今すぐだ!」と言うと、意を決したように頷いて、移動を始めた。
緑の男(もしかすると女もいるかも知れないが)たちが5人、後を追おうとするが俺たちは動かない。彼らは再び武器を構えた。
さて、なんとか切り抜けますかね……。
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