おやっさんの料理
その後のおやっさんの食事攻勢はもの凄いものがあった。
俺たちがストップをかけないといつまでも料理を持って来かねない勢いでドンドン料理が出てきたのである。
おやっさんが出してくれたのは羊の煮込みに始まり、甘辛い感じの味付けがされた牛の肉を焼いたもの、茹でた野菜に少し酸っぱいソースをかけた温野菜サラダみたいなもの、カレーっぽい味の豚肉を焼いたもの、鶏肉の香草焼きみたいなものなどなどで、そこに固めのライ麦パンと野菜のスープみたいなものがついた。
”町の食堂”にしては豪華なラインナップである。どれも美味い。これはおやっさん相当に張り切ったな。
しかし、量がやたらと多い。リケとヘレンがいてくれて助かった。彼女たちは食べる量が普通の女性より多いからな。2人ともどこに食べたものが消えているのかと思うくらいに細いが。
「猪とか鹿も美味いが、牛や羊、鶏も美味いな」
「飼います?」
「いやぁ、家の場所が場所だからな……」
あの森の中で牛やら羊を飼う、と言うのはちょっと想像できない。餌になる草はそこそこ豊富だが、牛や羊を放牧出来るような広大な敷地はない。毎日街道の方まで移動させれば大丈夫だろうが、その手間をかけてると鍛冶屋の仕事は諦めざるを得ない。それは本末転倒だ。
鶏のほうは鶏舎を整えれば飼えるかも知れないし、そのときは雌雄両方を飼うから鶏卵を入手出来るわけで、魅力的ではある。
ただ、やっぱり管理も一筋縄ではないし、フラッと家の周囲から外に出ていけば狼達の御馳走になるだけだろうから、あんまり現実的ではなさそうだ。
「外街にこんな腕の料理人がいたのねぇ。エイゾウは色々知ってるわね」
感心したようにディアナが言った。貴族のお嬢さんの口にあったなら、相当な腕前なのだろう。繁盛店なのも頷ける。
実際、近所の店の人や旅人もひっきりなしに来店していて、料理に舌鼓を打っている。しかし、である。
「俺はマリウスの遠征に従軍したときに知り合ったから、知ってたのは俺じゃなくてマリウスだぞ?」
「え?」
驚いた顔で返してくるディアナ。そうだぞ、知ってたのは君の兄さんだ。俺じゃない。そもそも従軍するまで、都での知り合いと言えばエイムール家の人々と侯爵くらいなもんだった。
「家を抜け出してここに来て気に入った、とかじゃないのか?」
「兄さんならありえるわね……」
ありえちゃうのか。それでいいのかエイムール家。まぁ、つい最近までは三男坊だったんだし、立場的には多少自由だったんだろうし、この店の場所に心当たりがあるお嬢様もいるんだから問題はない……のだろうか。
やがて店がごった返してきた。もりもりと料理を平らげて一息ついていた俺達は席を空けるべく、会計をしようと店員さんを呼ぶ。
「親父が代金はいらないって言ってたよ」
最初に俺たちを出迎えてくれた女性の店員さんがそう言った。この子、おやっさんの娘さんだったのか。
「え?いや、でも」
流石にあれだけ食って無料はまずかろう。こういうので負担をかけるのは心苦しいし。
「”包丁の手入れの礼”だからって。何が何でも払おうとしたらボリスと協力して金をもらわずに追い出せって」
完全に先読みされている。娘さんの後ろにはいつの間にかボリスが出てきていて、おやっさんに負けず劣らずな力こぶを見せていた。
服装のせいでよくわからないが、もしかしたら娘さんも腕っぷしに覚えがあるのかも知れない。
とは言っても、チート持ちと地域最強クラスの傭兵、元々才能があった上、その2人に鍛え上げられた剣士に獣人までいるのだ。
戦闘になれば俺たちが勝つのは明らかだが、お互いに怪我は免れまい。そもそも別に喧嘩してまでおやっさんの好意を固辞したいわけでもない。
「……わかりました。それじゃあ御馳走になります。おやっさん!ありがとう!」
厨房の方に大声でそう言うと、落雷のような大音量で
「おう!また来いよ!来ねえとぶっ飛ばすぞ!」
と返ってきた。来なけりゃぶっ飛ばしようもないと思うんだが、あまりにおやっさんらしい言葉に、俺は思わず苦笑ではない笑みを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます