流水のごとく

 扉を開けると、そこにはルーシーが尻尾をフリフリ待っていた。


「危ないから、ちょっと離れててな」


 俺がそう言うと分かっているのかどうなのか、「ワン」と一声鳴いて距離を置く。ただし、尻尾は振ったままである。

 犬を飼ったことがないので、この子がどれくらい賢いのかはよく分かってはいないが、言っていることをかなり理解しているように見える。

 もしかすると、群れから追い出された原因はその辺りにあるのかも知れないが、これはしてもしょうがない想像ではあるな。

 クルルは少し離れたところでのんびりと寝転がっている。魔力でも吸収しているのかも知れない。


 俺の後ろからはゾロゾロと全員が出てきた。

 ディアナとヘレンは木剣(ヘレンのはショートソード二刀流)を持っているから、剣の稽古をするのだろうと思うが、他のみんなは……?


「親方がここまで気合いを入れて作ったものの出来は皆気になりますよ」


 リケがクスリと笑って言う。


「とんでもねぇモンが出来たんだろうなぁ」


 のんびりした感じなのはサーミャだ。ここまで俺が作ってきたものを色々見ているから、今度は何を作ったのか気になったんだろう。


 リディは出てきてからも一言も発していないが、目がキラキラしているので興味はあるらしい。


「危ないからあんまり近づかないようにな」


 俺がそう苦笑しながら言うと、異口同音に了承の声が返ってきた。


 外に放置してある材木の残りに、ちょうど人の大きさくらいのものがあったので、そいつを庭の端に立てる。

 俺は戦闘の方のチートに任せてそいつを横一文字に切りつけた。

 今までのどの武器よりも身体になじむ感覚がして、刀を振り抜く。刀が立てたビュンと言う風切り音以外の物音もしない。

 振り抜いた軌道に青い光がはしってなかなか綺麗である。さながら水が流れたかのようだ。

 今の感じから言って、ヘレンはともかく他の皆は気がついたら刀が振り抜かれていたように見えたかも知れない。

 ディアナ、サーミャはギリギリ見えた可能性があるが、リケとリディは無理だっただろうな。


 一方、斬られた側の材木はと言うと、全く何事もなかったかのように佇んでいる。

 俺が近づいてトンと刀の柄で小突くと、ズルリと上下二つに分かれた。


「スゲぇ!!」


 黒の森全体に響き渡るがごとき大声でヘレンが叫ぶ。クルルが飛び起き、ルーシーの尻尾が猫みたいに一瞬バフっと膨らんだが、声の主がヘレンだと分かるとすぐに元に戻った。


「音もなく斬れるなんてスゲぇな!!」


 それに気がついているのかいないのか、高いテンションのままヘレンが話す。

 ニルダに打ってやったやつも出来は良かったが、素材の違いもあってか斬れ味が段違いだな。


 刀の性能自体はそれこそ今まで作ってきたものと、前に作った刀の感じでなんとなく予想は出来ていたが、うぬぼれ半分で言えばそもそも斬ったときの感じが違った。

 そう言えば俺の戦闘の方のチートは武器による違いをあまり試していない。せいぜいがショートソードと槍くらいで、他の武器は扱ってないのだ。

 もしかすると、適正みたいなものがあって俺の場合は刀が一番向いているとかだろうか。

 出来ればその威力を発揮するような事態は来ないで欲しいとは思うが、せっかく護身用に作った刀だ、それに適性があるというならそれに越したことはないな。


「思ったより出来が良いな」


 その辺の事情を他の皆に話すわけにもいかないので、俺はそう言ってごまかした。

 そのまま再び構えると、今度は残り半分を突いた。空中に一条の青い光が奔り、やはり手応えも音もなく刀身の半分ほどまでが飲み込まれるように材木に突き刺さる。


 そのままそっと手を離して裏を見てみると、切っ先がほんの少しだけ頭をのぞかせている。

 それを確認して、俺はそっと刀を引き抜いた。


「こりゃあ盾を構えていても、それごと貫くかも知れんな」

「多分そうなると思う」


 俺の半分独り言のようなつぶやきに反応したのはやはりヘレンだ。傭兵だからこう言うことには他の家族よりも詳しい。


「細いし大丈夫だと思ってたら、そのまま貫かれるだろうな。エイゾウと敵になるような立場でなくて良かったぜ」


 わざとらしくプルプルと震えてみせるヘレン。その口調と仕草はおどけているが、口にした内容は本心だろう。目があまり笑っていない。


「護身用にしては過剰かも知れんが、備えあれば憂いなしと言うし、斬れ味は良いに越したことはないだろ」


 俺がそう言うと、ヘレンは力強く頷く。迅雷の二つ名をもつ傭兵のお墨付きなら安心だ。俺は心底ほっとする。それを察したらしいサーミャも微笑んでいた。


 すると、今度はリケがウキウキを隠さずに俺に問うた。


「名前は何にするんです?」

「名前?」


 俺は一瞬意味を分かりかねて逆にリケに聞いた。


「ええ、名前です。それほどの立派なものなら何か名前があってしかるべきかと。今までのは納品したりで親方が勝手に名前をつけるわけにはいかなかったですけど、それは親方のものなのでしょう?でしたら名前をつける権利は親方にありますよ」


 なるほど、そんな慣習があるのか。そう言えば前の世界でも、神話に出てくるような武器は名前がついているものも少なくなかった。グングニルしかり、天叢雲剣しかりだ。刀なら八丁念仏やら歌仙兼定やら髭切と言った具合か。

 それらと同格のように扱われるのもなんとなく気恥ずかしいものがあるが、折角作った珍しい素材で出来の良い刀だし、切った俺の銘以外の名前、いわゆるごうがあっても良いかも知れない。


「そうだなぁ……」


 俺は少し考え込む。水が流れるように青い軌跡が動くので流水と言うのも良いが、それではそのまま過ぎる。もう少しだけ捻りたい。

 しばしかかって俺が考えた号はこれだった。


薄氷うすごおり、こいつの号は薄氷だ」

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