そして彼らはいつもに戻る

 その言葉は、多少そうかなと思う部分があったにしても十分に衝撃だった。


「救出を依頼した理由はそれか」

「そうだな」


 ヘレンが捕まったことを知ったとして、エースとは言っても騎士などではない、ただの傭兵が1人捕まっただけで救出作戦を行うのは不自然だったが、これで最後の説明がついたな。


「前に本人が『父親は馬具職人だ』と言ってたが、預けてたってことか?」

「生まれてすぐにな。流石にそばに残しておけなかったらしい」

「母親は?」

「ヘレンを産んですぐに亡くなっている。彼女の親は2人共血の繋がりはない」

「じゃあ、ヘレンはそのことを……」

「知らない。言うなよ?」

「言わないよ」


 俺は肩をすくめて言った。いずれ真実を知る必要が出てくるかも知れないが、今はまだその時ではないというのは俺にでもわかる。

 豪放磊落を絵に描いたようなオッさんの娘なら、あの性格も納得だ。わざわざ助けさせたりするあたり、ヘレンと同じで繊細なところもあるのがますます親娘らしい。

 とすると剣の才能も親譲りなのだろうか。侯爵は自分の娘の活躍を喜ばしく見ていたことだろう。貴族なのにそう言うところが甘いのは憎めなくはある。


「で、これを知ったことで都で侯爵にゴタゴタが起きれば、それに巻き込まれる可能性がある、と」

「すまんな」


 カミロは心底すまなさそうに言う。このあたりに巻き込むまいとしてくれていたから、巻き込むようなことを伝えるのには葛藤があったに違いない。

 俺としては家族のことを教えてくれてありがたいと感じはしても、それで巻き込まれるから恨みに思ったりということはない。


「気にすんな。なんかあって困ったときはお互い様だ」

「ありがとう、エイゾウ」


 カミロの態度にも気になるところがあるが、根掘り葉掘り聞くのもなんとなく憚られ、俺はカミロの肩を軽く叩いて部屋を後にした。


「クルルル」


 外に出ると、もう出発準備を終えたクルルが「まだか」と急かしてくる。本当に引っ張るのが好きな子だな。


「すぐ行くよ」


 荷台に乗り込むと、必要な物資と家族のみんなが乗っていた。


「それじゃ、出しますよ」

「おう」


 リケが軽く手綱を操作すると、「クルゥ」と一声鳴いてクルルが走り出す。

 街の中は来たときと同じで、変わらず賑わっている。ヘレンがそれをボーッと眺めている。


「別に傭兵に戻りたかったら、好きなときに戻ってもいいんだぞ」


 俺はヘレンにそう声をかけた。だが、ヘレンは大きくかぶりを振った。


「今はまだ、その気にはなれない」

「そうか。じゃあ好きなだけうちにいると良い。遠慮はいらない」

「うん」


 俺がそう言うと、ヘレンは素直に頷いた。俺は座席にもたれかかって目を閉じて思考を巡らす。

 今後何をどう作っていけばいいだろうか。まずはヘレンのショートソードだ。その後はヘレンも狩りに出るだろうから弓か。

 合間合間にカミロのところに卸す分も忘れないようにしないといけないし、やることはいっぱいある。

 だがその全てを急ぐ必要はない。ゆっくりのんびりとやっていけばいい。

 今は時間があるし、このところ働きすぎた。俺の目標はスローライフなのだ。


 目を開けると、みんなが思い思いに話をしている。ヘレンもすっかりディアナと馴染んで会話を交わしていた。

 サーミャはリディと話している。弓をひくような動作をしているから、エルフ式の弓の撃ち方の話でもしているのだろうか。

 リケもクルルを操っていて、さながら手綱越しに会話しているようにも見える。

 のんびりとした時間が俺たちを包み込んでいた。


 こうして、俺達はようやっと”いつも”に戻ることが出来たのだった。

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