帰宅
見張りとして起きて星空を眺めていると、背後からゴソゴソと起きてくる音がした。ヘレンだ。
何があるかわからないので、一応寝るときも例のカツラはつけたままになっているが、それが少しズレていた。
「なんだ、眠れないのか?」
「いや、なんかふと目が覚めちまっただけだ」
ストレスで眠れなくなったり、深夜に起きたりと言うのは俺も前の世界で経験があったのだが、それではないといいのだが。
ヘレンはあぐらをかいた俺の隣に、三角座りで座り込んだ。身長はヘレンのほうがずっと高いが、座ると頭の高さはあまり変わらない。
ちらっと横目で見ると、じっと焚き火を見つめている。
「すまんな、迷惑かけちまって」
ボソリ、とヘレンが言う。
「気にすんな、と言いたいが、それじゃ納得できないんだろう?何より自分で自分が許せない」
俺も前の世界では40年生きてきたのだ、他人に迷惑をかけてしまったことは一度や二度ではない。
ヘレンは膝に顔を埋めた。
「まぁ、自分を許せないなら今は許さなくていい。ゆっくり自分で納得できる落とし所を探すことだな」
「……うん」
「それに何年かかっても、気の済むまでうちで探していけばいい。それは別に迷惑じゃない。しばらくうちに住むって決めた時点で家族なんだから」
「……ありがとう」
顔を伏せたまま、ヘレンは言った。俺は焚き火に新たな薪をくべる。しばらくどちらも黙ったまま、パチンと枝が爆ぜる音だけが響く。
あと1時間ほどでカミロと見張りを交代するかな、と思ったとき、ヘレンが声をかけてきた。
「なあ」
「なんだ?」
「ここで横になっていいか?」
ヘレンがモジモジと膝をすり合わせながら言ってくる。なんだか娘ができたみたいに感じながら答える。
「かまわんが、カミロと交代するまでだぞ」
「いいよ」
そう言うとヘレンは俺の真横で体を横たえた。俺はそっとズレたカツラを直してやる。
程なく安らかな寝息が聞こえてきて、俺は街道の方に目を戻すのだった。
小一時間後、ヘレンを起こしてカテリナさんのところにやり、カミロと見張りを交代する。
俺は横になって目をつぶる。家族か。こうやって増えること自体は全然かまわない。しかし、女性ばかり増える状況なのはなんでだろうな。
ただの偶然と言ってしまえばそれまでだが、こうも女性ばかり続くものだろうか。それも色んな種族でほぼ満遍なく、だ。
”ウォッチドッグ”が俺に話していない何かが介在しているのか、それとも他の何かか……。
目を閉じたまま考えていたが、30歳の肉体に40歳の精神には疲労が溜まっていたようで、すぐに俺の意識は眠りの世界に誘われていった。
翌朝、全員で起き出して出発の準備をする。朝食は昨日の残りを温め直したものだが、腹に入れるには十分だ。
カテリナさんも含めて全員手慣れているからか、スムーズに出発することができた。カテリナさんが野営に手慣れているのが少々気にはなるが、まぁ言わぬが花だろうな。
ゆっくりと馬車が動き出す。やっと家に帰ることが出来ると思うと気が逸るが、ここで飛ばしてもらって不審がられては意味がない。努めて冷静になろうと頑張る。
これ多分サーミャがいたらバレてるやつだな。
ジリジリとしながら昼を回った頃、風景が見慣れたものになってきた。
もうすぐ街のはずだ。街に向かう道からは街道を歩いても暗くなる前にうちには帰れる。俺はいよいよソワソワとし始める。
それを察したのかどうかは分からないが、カミロがありがたい申し出をしてくれた。
「俺たちはこのまま都まで行くから、森の入口まで送るよ」
「悪いな。助かる」
カミロに礼を言うと、手をひらひらと振ってウィンクした。相変わらず似合ってないな。
街を通り過ぎる。このあたりはもう完全に庭と言っていいほど知ったあたりだ。帰ってこれた実感が増す。
家族のみんなの顔が頭をよぎる。この世界に来てそれほど経っていないはずだが、俺の中でもあそこが帰るところなんだな。
森の入口にたどり着いた。俺とヘレンは馬車を降りる。
「世話になったな」
「そりゃあ、こっちのセリフだよ」
俺とカミロはお互いに手を伸ばして握手を交わす。しばらくはお別れだ。
また1週間もすれば会うのだが、少しばかりの寂しさもある。
俺とヘレンは2人で馬車に手を振って見送った。
勝手知ったる森の中を行く。ヘレンも数回は来ているので足取りがおぼつかないということもない。
いくぶん日が傾いてきてはいるが、何度も通ったところだ。迷うこともなく、むしろ軽い足取りでズンズンと進んで行って、ヘレンを置いてけぼりにしないのに苦労する程である。
もう少しで家だな、と思ったとき、大きな影が俺たちを覆った。
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