帰ってきた実感
ぬっと大きな影が俺とヘレンを覆う。ヘレンが俺の前に出ようとしたが、俺はそれを手で止めた。
影は俺に近寄りぺろりと俺の顔を舐めると、自分の頭を俺の顔に擦り付ける。
「クルルルルル」
「ただいま、クルル」
「クルー」
影はクルルだった。どこかに繋いだりはしていないので、匂いか何かで帰ってきたのを察知してお迎えに来てくれたのだろう。
俺が首を撫でてやっている間に、クルルはヘレンの匂いをクンクンと嗅いでいる。
「その人は今日からうちの家族になるから、大丈夫だぞ」
俺がそうクルルに声をかけると、やはりぺろりとヘレンの顔を舐めた。
「ひゃっ!?」
くすぐったかったのか、ヘレンが小さく悲鳴をあげる。
「ようこそって言ってるぞ」
「そうなのか?」
俺も流石にはっきり言葉がわかるわけではないが、あれで気に入らなかったということはあるまい。
「撫でてみろよ」
「お、おう……」
ヘレンは恐る恐る手を伸ばす。クルルが撫でやすいように頭を下げたので、ヘレンはそこにそっと手を触れて撫でた。
「クルルルル」
クルルは機嫌良さそうにしているが、ヘレンがビクッと撫でるのを止めた。
「こ、これ大丈夫なのか?」
「ああ、機嫌良さそうにしてるから平気平気」
猫の”ゴロゴロ”なんかもはじめて聞いた人はビビることが結構ある。
そう言うものがあると言うのは知っていても、具体的に知らないとどれがそれなのかはなかなか実感できないものだ。
今回はめったに見ない生物だろうから、ヘレンがどういう認識だったのかは分からんが。
「この子はクルル。うちの走竜だ。こっちはヘレン」
「よろしくな、クルル」
「クル」
クルルが頭をヘレンの顔にこすり付ける。これでご挨拶は終わりだ。
俺とヘレンにクルルを加えた一行で家を目指す――とは言っても、もう大した距離ではなくて、すぐに家が見えてきたが。
家の前にはうちの家族全員が出てきていた。サーミャかディアナが気がついたのだろうか。
俺は手を振って大きな声で言った。
「ただいま!」
「おかえり(なさい)!」
みんなでお帰りを言ってくれて、俺ははじめてちゃんと家に帰ってこれたんだな、と実感した。
「あー、それでだな。帰ってきて早速なんだが……」
「分かってるよ。見えてるし」
俺がヘレンのことを切り出そうとすると、サーミャが遮る。なんか色々察しはついてしまっているようだ。
他のみんなを見てもうんうんと頷いている。
「それで、なんでヘレンはあんなの被ってるんだ?」
「ああ……」
森に入った時点でカツラを外させても良かったのだが、万が一を考えて家につくまでは被らせたままにしておいたのだ。
サーミャは鼻が利くし、顔見知りだからすぐにわかったのだろう。
「とりあえず中で話そう」
「あ、ああ、そうだな」
もう平気だとは思うが、一応最後までは気を抜かないことにした。あれを外すのは家に入ってからだ。
家に入ると、懐かしい匂いが鼻をくすぐる。旅の埃を落とすのとどっちを優先しようか迷ったが、先に話をしてしまうことにする。
みんなで食卓に座る。この光景もなんだか少し懐かしい。が、感慨にふけるより先にやることがある。
「ヘレン、もう外していいぞ」
「うん」
俺が言うと、ヘレンはカツラを外した。短い赤毛が出てきて、いつものヘレンに戻る。
リディが少し驚いている。そう言えばリディは面識がないんだったか。
「リディははじめてかな。ヘレンだ」
俺が言うとヘレンが座ったままペコリと頭を下げた。
「私はリディです。故あってこちらのエイゾウ工房にお世話になっております。よろしくおねがいしますね」
「こっちこそ、よろしく」
リディとヘレンが挨拶を交わす。リディもさっき以上に気にした様子はないし、ヘレンもリディがエルフであるのを気にしている様子はない。
これなら大丈夫かな。
「それで、まぁ、その、なんだ」
「ヘレンも家族になるんだろ?」
「うん、まぁ、そう言うことだ」
俺がしどろもどろになっていると、サーミャが助け舟を出してくれた。
そしてそのまま胸を張って言う。
「ほらな!」
「まぁ、予想はできたわよね」
「親方ならこうなると言うのは難しいことではないですね」
ディアナとリケがそこに乗っかった。
心配もあまりしてはいなかったが、みんな異存は無いようでよかった。
俺がホッと胸をなでおろしていると
「だからな」
「ん?」
サーミャが話を続けた。なんだなんだ?
「私達で部屋を増設しておきました」
「ベッドも入れてあるわよ」
「まだ寝具がないですけどね」
リケ、ディアナ、リディが続いた。どういうことかはわかったが、理解が微妙に追いついていない。
「それも2部屋だ!」
ドーンとエフェクトが掛かりそうな勢いでサーミャがVサインする。
「お前たち……」
これも信頼と言えば信頼ではある。そうか、自分たちでも部屋を作るくらいのことは出来るようになってきたのか。
俺は色んな思いでグッとくる感情を抑えながら、今後について話を進めることにした。
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