脱出

「もう大丈夫だ。安心しろ。」

 俺は落ち着かせるためにヘレンに話しかけ、そっと握った腕を外す。

 ゆっくりと屈み込んで、足かせを見る。流石に足かせそのものは壊せそうにないが、ついている鍵は簡単なものなので、俺のナイフでも壊せそうである。

「じっとしてるんだぞ。」

 再びヘレンに声をかけて、鍵にナイフを当てて力を込める。流石にスパッと切れるとまでは行かなかったが、細い部分を切ることが出来た。

 足かせは両足につけられている。もう片方も同じようにして切り落とした。

 ナイフを見ると少し刃こぼれが出来ている。ナイフで同じ鉄を切っても刃こぼれ程度で済むってことか……。我がことながら少しそら恐ろしいものがある。

 しかし、逆に考えれば細い鉄を2本切って刃こぼれが起きるということは、例えば俺の特注モデルを隠し持ってもおそらく鉄格子を切って抜け出すなどということは難しいだろう。

 ヘレンに打ってやったショートソードだとどうかは分からんが。


 そのショートソードも当たり前だが見当たらない。

 外ではまだフランツさんとカミロが俺たちの脱出を待っているし、探している時間はないな。あれがおそらくは帝国の手のものに流出するのは少し痛いが仕方ない。

 鍵の外れた足かせをヘレンから外し、松明を拾って俺はヘレンを肩で支えた。ヘレンは大人しく腕を俺の首に回してしがみついている。

「どうしても持っていかないとってものはあるか?」

 ヘレンに聞いてみると、か細い声で

「剣……」

 と答える。

「あれはまた打ってやるから今は諦めろ。」

 俺がそう言うと、ヘレンはコクリと頷く。そのままゆっくりと俺とヘレンは倉庫の外へと歩んでいった。


 倉庫の入口を入ったあたりに松明を持った人影が見える。カミロとフランツさんだ。

「2人とも無事か?」

 俺が声を掛けると、2人は頷いた。

「そっちも上手くいったようだな。」

「ああ。ここじゃなかったらどうしようかと思ったが、予想が当たっていて良かったよ。」

「よし、それじゃ行くか。」

 俺は松明を床に捨てると、ヘレンをいわゆるお姫様抱っこの方法で抱きかかえた。流石にファイヤーマンズキャリーは出来ないが、肩で支える方法だと時間がかかりすぎる。

 抗議してくるかと思ったが、意外にも俺にしがみついて大人しくしている。

「姫様を救った騎士様ってところだな。」

 カミロが軽口を叩く。

「騎士になるなら無事に連れて帰らなきゃいけないな。」

 俺も軽口で返した。緊張しっぱなしだった場が少しだけ弛緩する。

 だが、次の瞬間にはみんな気を引き締めて、外の闇へと走り出した。


 ここに来たときは比較的平穏だったこの辺りも騒々しさを増していて、怒号や悲鳴が聞こえてくる。人影もかなり増えていた。

 見れば遠くの方では火の手も上がっていて、かなりド派手にやっているようだ。

「どけどけ!」

 俺たちはその中を走り抜けていく。ヘレンを抱きかかえて走っているのが功を奏しているのか、俺たちに絡んで来る輩はいない。

 おそらくは怪我人を運搬していると思われているのだろう。あまり外れてもいないが。

 ヘレンは俺よりも体が大きい。その分体重もしっかりあるのだが、チートの恩恵で筋力が増している俺にはめちゃくちゃ重く感じると言うわけでもない。

 走っている間、様子をうかがったりしていたがずっと俯いたまま大人しくしている。

 流石に囚われていた間のことがこたえているのだろう。俺はそう思いながら一刻も早くこの街を抜け出すために、速度を落とさないように必死に走り続けた。

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