ニルダとの別れ

 ニルダがテーブルの上に並べたのは、金貨が10枚と1つの小さな宝石だった。

「私が正当な報酬だと思うのはこのあたりだ。受け取るが良い。」

 言われて俺は確認する。金貨は意外なことにここらでも流通しているものだった。人間界とも取引があると言うし、そこで手に入れたものだろうか。

 宝石の方は真っ赤に透き通っている。紅玉ルビーだろうか。宝石についてはインストールでは分からなかった。チートで加工はできるんだろうが、種別まではさっぱりだ。大きさは小指の爪くらいだ。

 ランプの光に透かしてみると、中で何かがゆらゆらと揺らめいている。

「魔宝石ですね、それ。」

 俺が宝石をめつすがめつしていると、リケが言ってきた。

「魔宝石?」

「澱んだ魔力が更に固まったもの、です。」

 繰り返した俺の言葉にはリディが答える。

「通常澱んだ魔力は魔物などに変質してしまうのですが、稀にそうならずに固まることがあるのです。その時、中に魔力が閉じ込められて、光に透かしたときにゆらゆらと揺らめくんです。」

「それって大丈夫なのか?」

「こうなってしまうと流れ出したりはしないので、平気ですよ。取り出せもしないのが残念なところですが。」

 平気なことを示すかのように、リディは魔宝石を手にとった。

「綺麗ですね。魔力の純度が高いです。」

「そうであろう。魔界でもたまにしか出ない逸品だ。」

 ニルダが胸を張っていった。魔界は魔力が濃いと言うからそれなりに産出するのだろう。人間と取引しているのもこれらの輸出かもな。


「なるほどねぇ。」

 リディから魔宝石を引き取って眺める。

「まぁ金貨で40枚は下らぬだろうな。」

「えっ。」

 宝石だから高いとは思うが、こいつがそんなにするものなのか。

「こっちでは貴重ですから、もしかするともっと値があがる可能性もあります。」

 リケが後を引き取った。となると、ニルダはあの刀に金貨で50枚かそれ以上の値を付けたことになる。

「いいのか?」

 俺はニルダに聞いた。

「良いも悪いも、エイゾウが値をつけろと言ったのであろう?私にとってはこの値が正当だ。」

 笑いながらのニルダの言葉に俺はぐうの音も出ない。

「じゃ、遠慮なく貰っておこう。」

「そうしろ。」

 俺とニルダは2人でニッと笑うと、握手の代わりにまだほんの少しだけ中身が残っていたカップを打ち合わせ、中身をあおった。


 翌朝、旅支度を整えたニルダをクルルも含めた家の全員で見送る。俺はニルダに言った。

「まっすぐ魔界に戻れよ。戻るまではなるべくそいつを使わないでいてくれるとありがたい。」

 その可能性もあることを覚悟はしたが、少しでもその機会が訪れないでいてくれるに越したことはない。戦場でも使うなと言うのは無理だろうが。

「”物忘れ”を使ったとは言え、ここいらに長い間いても捕縛されなかったのだぞ?そこらの人間ごときに今更遅れをとることもあるまいよ。」

「だと良いんだが。くれぐれも寄り道せずにまっすぐ戻るんだぞ。」

「わかったわかった。姉上のような事を言うな。」

 苦虫を噛み潰したような顔でニルダが返す。姉上殿はなかなか厳しいお方のようだ。姉上のお言いつけを守って無事に帰って欲しいと思うのが正直なところだが、戻れば無事が確約されるわけではないのが複雑な感情を俺に呼び起こす。

 俺はその感情を押し殺して、ニヤッと笑うに留めておいた。


「ではな。」

「ああ。」

 俺とニルダは握手はしなかった。お互いにそうするのは何か違うように感じたからだ。サーミャ達もそれを察したのか、何も言わない。

 ニルダはフードを被ると、森へと消えていく。俺達はしばらくその後姿を眺めているのだった。

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