作刀3日目

 昨日は焼刃土を塗るところまでを行った。今日は焼入れ以降の仕上げの作業に取り掛かる。

 焼入れは刀を作る上で一番だ……と俺は勝手に思っている。ここで失敗したらここまでの2日間が全くの無意味になってしまうからな。

 今日もリケとニルダが見学である。他の3人は畑と採集に出るらしい。半分はクルルの散歩を兼ねてと言ったところか。


 朝の拝礼を終えて、サーミャとディアナ、リディの3人を見送ったら魔法で火床に火を入れる。俺は木炭を追加して全部に火が回るよう、やはり魔法で風を送る。

 やがてゴウゴウと音がして全体に火が回り、明るさを増してくたので、一旦送風を止めて、焼刃土が乾いた刀身全体を火床に深く入れる。

 刀身全体が満遍なく加熱されるように木炭の位置を調整しつつ、温度が安定するように木炭を追加したり、送る風を調節したりする。これらの塩梅はすべてチートで掴んでいる。


 やがて刀身が焼入れに適した温度まで上昇した。

「この温度だ。」

「はい。」

 俺がリケに声を掛けると、力強い返事が返ってきた。

 本来はこの温度を見極めるために夜間におこなって色で把握するのだが、俺はチートを使っているし、リケはドワーフで夜間でなくても温度が分かっているので日の登っている時間帯にしたのだ。

 副次的にニルダに多少の鍛冶の心得があっても正確な温度がわかりにくいという効果が出たが、魔族に赤外線を探知するような能力があれば意味がないので、気休めではある。見る感じ鍛冶については疎いみたいだから取り越し苦労でもあるだろうが。


 適切な温度になったので、全体を一気に水槽に沈める。この水槽に満たした水の温度も焼入れでは重要だ。

 前の世界では師匠が焼入れに使う水の温度を知ろうと水槽に手を入れた弟子が、その手を切り落とされたと言う話が残っているくらいなのだ。

 そんな大事なものではあるが、俺の場合はチートで確認済みで、リケには教えてある。俺はこの世界の鍛冶屋だし、感覚もチートだよりだからな……。


 水に沈んで急冷された刀身は、ジュウと言う音を立てたあと、何度かコン、コンと音をさせた。俺の手にも感触が伝わっている。焼刃土によって冷却される速さが違うため、その違いで収縮が起こり今まさに刀身が反っているのだ。

 前の世界ではこれらを産声に例える方がいらしたが、なるほど、これはそう思えるのも納得だ。


 水槽から引き上げた刀身は思ったとおりの反りをしている。反りの中心は刀身の真ん中くらいの鳥居反りにして、反り自体は深くなく浅めである。

 まだ火のついている火床の炎に刀身全体を晒してほんの少し温度を上げ、わずかに出た歪みを丸太を切った台に乗せて直す。この工程で焼きの入った部分の焼戻しもできる。

 歪みが取れて冷えてきたら、今度は荒目の砥石で全体を研いで刃文を確認する。ちゃんと思ったとおりののたれになっている。刀と言えばこれだよな、と個人的には思っているし、初めて作る刀なので”それっぽさ”を出したかったのだ。


 全体に問題無いようなので、このまま全体を研ぐ。とは言ってもはまだまだ仕上げではなく、この後の工程に進むためのもので、模型作りで言えばサーフェイサーを噴くくらい、化粧で言えばファンデーション下地の辺りだ。

 研ぎを進めていくと、鈍く光る刀身になってきた。前の世界で何度か有名な刀を見たが、それから見てもなかなか悪くない感じに見える。専門家じゃないし自作だから贔屓目があるのは否定しない。

「おお。完成か!?」

 ニルダが俺が掲げた刀身を見て言う。

「いやいや、まだまだだよ。これから仕上げていかなくちゃならん。」

「そうなのか?」

「北方の刀は芸術品にも例えられるくらいだからなぁ。今作っているのはそれでも相当実戦よりにしているつもりだが。」

「ふうむ。」

 ニルダが何か考え込みはじめたので、俺は作業の続きを進める。

 研いで全体の姿が決まったので、チートを使って鎬地の棟よりに1本のU字の筋――を彫っていく。血抜きのためとか言われたりするが、実際は単に軽量化のためらしい。実際にチートでも強度が落ちているような感覚はない。

 樋彫りも終わったので、刀身側を全体に更に綺麗にしていく。これでも模型で言えば塗装完了、化粧で言えばファンデーションだ。樋のところもムラがないように綺麗にヤスリや砥石で磨いた。


 これで刀身側はもうあとは仕上げをするだけ、と言うところまで来た。次はなかごだ。目釘が通る穴を開け、ヤスリをかけたりして形や表面を綺麗にするが、柄から抜けにくいよう、最後にもう一度ヤスリをかけてこの時にやすりを残す。

 前の世界だとこの鑢目の残し方が人や工房などで様々違っていたりするらしいのだが、この世界でそれを気にする必要があるのかは疑問なので、特に気にはせずにおいた。


 そしていよいよ、形を変える最後の作業である。俺はタガネを手にとって、まずは目釘孔の刃側に太った猫が座った姿の刻印を掘る。

 そこでカランコロンと作業場の鳴子が鳴る。もうそんな時間か。この次の作業で今日は終わりだな。そう思っていると、作業場にサーミャたちが入ってきた。

「お、なんだ、まだやってたのか。」

「ああ。まぁこれで終わりだよ。」

 俺はサーミャにそう答えると、再びタガネを手にとって、猫の刻印の反対側に銘を切った。”但箭 英造”、と。

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