伝説の鍛冶屋の話

 その日の製作数はいつも通りで、特に多いことも少ないこともなかった。これをブランクがあったからだととるか、ブランクがあったにも関わらずととるか。いずれ予定より少なくなかったのなら良しとするか。


 翌日、俺とリケが鍛冶場仕事、他の3人とクルルは採集に向かった。リディもついていったのは畑に植えるものを探すらしい。クルルはミニ荷車を牽いていったようだ。

 とは言え、あのミニ荷車が大活躍するような量は流石に採りすぎだと思うので、単に散歩を兼ねているのだろう。


 今日はロングソードを久しぶりに型から自分で作ってみる。感覚がもはや懐かしい。出来た型に融けた鉄を流し込む。チートも使ってゆっくりと慎重に流しこんだ。それが固まるまでの間に次の型を作る。

 最初はリケがやると言っていたのだが、リケはリケで作業があるのだからと断ったのだ。弟子とは言うものの、何かを教えるようなことは特にしてないしなぁ。

 板金を多く作るのは頼んだりしたが、何も教えてないのに弟子だからやれというのは平たくいえば俺の美学に反するのだ。


 そんなわけで粘土をこねて雄型に貼り付け、型を作る作業をしたりしているのである。実は雄型はもう2代目だ。デザインは前と変わりないので、何か違いがあるわけではないが。

 型に流した鉄が冷えた頃合いで取り出す。うーん、やっぱり俺が流すとそもそもの質がいいな。魔力の量もサーミャとディアナが流したときとは段違いだ。これもチートのおかげか。


 このロングソード(とショートソード)単体で言えば、俺が自分で流したものを加工するのが製作スピード自体は1番早そうだ。

 だが、もちろん俺は1人しかいない。俺が加工している間に型を作ったり、融けた鉄を流し込んだりと言った作業はできないので、その分の効率で言えばサーミャたちに手伝って貰ったほうが結果としては早い。俺1人だけが凄くても意味のない部分ということになる、

 逆に言えば、それこそオーダーメイドの特注モデルを作る時に関しては、俺が自分で一からやるのが、今のところは1番早いわけだ。俺1人が凄ければそれで良い分野だからな。


 リケにも見せたが、

「この出来から仕上げてないと言われても、どこを触っていいか分からないですね。」

 と言われてしまった。まだ高級モデルの端緒に触れたばかりのリケだとそういうものかも知れない。それでも人間の一般的な鍛冶屋の大半を上回る出来なのだが。


 そう言えば、ドワーフの一般的なレベルってどの辺りなのだろう。人間の鍛冶屋の場合、俺の高級モデルでも「都なら同レベルが数人いる」と言うあたりだった。つまりは俺の思う一般モデル辺りが並かその上ということになる。

「そうですねぇ。ドワーフの鍛冶屋で武具を扱っているものですと、都よりも親方の作るレベルに達しているものが10倍は増える感じですかね。」

 俺が聞いてみると、リケはそう答えた。割といるな。

「ドワーフの場合、魔力とかよりも素材の力を引き出す方に注力するんですよね。なのでミスリルなんかの加工はちょっと苦手で、銀や金の細工が得意だったりします。」

 ミスリルは魔力を入れた量で特性が変わるが、その辺りの扱いが上手くいかないと、ただの軽めの鋼みたいなことになってしまう。十分凄くはあるんだが。

「それでも全体的に人間よりは得意です。その得意を探すのに人間のところも含めて弟子入りの旅をするわけですけどね。」

「なるほどねぇ。」

「ただ……。」

「ただ?」

「同じ性能のものでも、親方のように繊細さを兼ね備えたものを作れる職人はドワーフでも数えるほどしかいないでしょう。特注モデルの場合でしたら、伝説のドン・ドルゴでも敵うかどうか。」

「凄い鍛冶屋なのか。」

「600年前の大戦の時に神から力を授かって、勇者に剣を打った、って伝説がある人です。」


 600年前に魔族と人間やその他種族との戦争があったことはインストールされた知識にあった。

 その時は勇者が魔王を倒したはいいものの、押し込まれていた人間とその他種族側が押し返したところで勇者が斃れ、双方共に疲弊しきってもいたので休戦になった、と言うなんともしまらないというか、現実的なラインの話だったようだ。

 リケの話によれば、その魔王を倒したときの剣を打ったのが、そのドン・ドルゴなるドワーフらしい。

「そんな伝説と比肩するほど俺は凄いもんかな。」

「そりゃそうですよ。ナイフがあれだけ切れるんですよ。」

「ああ……。」

 そこは納得せざるを得ない。あれで凄くないと言ってしまったら、なにが凄いのだという話になってしまう。


「ただ、ドン・ドルゴが打った勇者の剣、って長さ2メートル、幅60センチはあろうかという代物だったらしいですからね。オリハルコンだかの神性鉱物だったそうですけど。」

「そりゃ何でも斬れそうだ。そもそも作れたのが凄いのはわかるが。」

 俺は苦笑した。その大きさじゃ、鉄骨(オリハルコン骨か?)を振り回しているのと変わらない。ミスリルの感じから言えば、オリハルコンを加工するのも骨が折れただろうし、そもそもその量を確保できたのも恐らくは国家単位での後ろ盾があっただろうとは言え、凄いことではある。

 武器自体もオリハルコン製でそれをやられたら、いろいろひとたまりもないのは確かだ。その勇者というのはえらくマッチョなやつだったか、伝説だし多少盛ってるかのどちらかだな。


「ええ。ですが、親方なら同じ切れ味をより小さい武器で、なおかつ繊細さをもって作れるでしょう?」

「やってみないことには分からんがな。」

 600年も前の話なので確認は不可能だが、ドン・ドルゴの魔力の扱いのレベルによっては、魔力の扱いに長ける分、俺の方が同じものでも性能は上にはなるはずだ。

 ただ、神様から力を授かったと言うことは、魔力の扱いもそれなりに向上していたと考えるべきだし、俺が比肩するほどの実力かどうか。

 せっかく鍛冶屋としての2回目の人生を貰ったわけで、それなりに名の残るような製品と言うか作品と言うか、とにかくそう言ったものを残したい、という欲がないわけではないが、それと相反してひっそりのんびりと暮らしていきたい、と思う気持ちもかなりある。

 となると歳がいった時に「これが俺の作品だ!」と物凄いものを世に出して、その後はひたすら隠遁生活を送るとかがいいのだろうか。世を捨てる前の最後の一振りが最高傑作とか、40を過ぎても中二心ちゅうにごころが疼いてしまう話だな。


「伝説ねぇ。」

 俺はかなり小声で言ったつもりだったが、耳ざとく聞きつけたリケに

「はい。多分親方はそれになるんだと私は思ってますよ。」

 と言われ、俺は照れ隠しに作業に戻るのだった。

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