新しい技術

 今日からは予定通り荷車の改造を行う。今の荷車は前後車軸が1本ずつ通っていて、その両端に木製の車輪が備わっている方式のものだ。

 一番簡単なのはこの車軸と車体の間にバネを挟み込む方式だが、曲がることを考えたら前輪は車軸からアームを伸ばして、そこに車輪をくっつける方式のほうが良さそうだ。この場合、バネは車輪のあたりに搭載することになるだろう。

 自動車と違って、車輪自体が向きを変える必要はないし、前輪でも後輪でも動力を伝達することについては考慮する必要がない。その辺りの設計が楽なのは助かる。


 後は無理やり延長されている接続部分の作り直しが必要だ。となると、荷車も荷台部分と車輪を再利用するくらいで、その残った部分もところどころ補修が必要だったりするから、全体を作り直すのとどっちが早いかはギリギリ残す方ってところだな。


 次に考えるべきは板バネの材質だ。普通に考えれば鋼を使ったほうが良いのだろうが、この辺りの木は硬いし、木をバネに使うことも不可能ではないとは思う。

 チートを使えば板バネに使える形を作るのは容易い。だが、金属製の板バネが世間に出回ってもいいかどうかだ。

 少し考えた末、結局木製にしたところで、それを見た誰かが鋼に置き換えたら同じこと、というのに気がついたので最終的には鋼で作ることにする。

 ただし、形状試作は木で行うことにした。いくらチートがあると言っても大きさの調整なんかはそれなりに手間だからな。木製なら愛用のナイフで形状を変えるのは簡単だ。


 今日からリケたちが板金を作っているはずなので、多く作ってもらうよう頼んでおく。本当は自分で作るべきなんだろうが。俺がそう言うと

「いえ、こういうのを親方から言われてやるのが弟子本来の仕事ですよ。」

 とリケにフォローされた。すまんな。


 クルルの小屋を建てたときに大量に作った板材の余りを割って細長くした後、長さを変えた板を作る。湯を沸かして板を曲げ、それらを重ねたら原理的には板バネ式サスペンションに使われるものとほぼ同じものにはなる。

 試作品なので真ん中あたりを釘で止めて、倒れないよう台座代わりの板に固定する。板バネの上には別の板を置いて、更にその上に小さな樽を置いてみた。

 板を片手でそっと支えて、もう一方の手で樽を上から押す。すると、グニッとした手応えがあり、離すと樽がポヨンと弾んだ。バネ自体の形としてはこれで良いわけだ。


 この一連の作業は生産扱いなのだろう、手早く作業ができた。どこまでが生産としてチートが適用される範囲になるんだろうな。料理もどうやら生産に含まれているようだし、もしかすると裁縫なんかも入ってくるかも知れない。

 洗濯も試したが、他の人がやるのと比べても大して違いが無かったので、流石に生産ではないと言うことらしい。

 今はこの作業が優先としても、何がどこまで出来るのかは把握しておいたほうが良さそうではある。


 それはともかく荷車の改良だ。先程の板バネセットをもう1つ作り、丸太をぶった切って車輪(と呼ぶには相当雑だが)を4つ、適当な棒を拾ってきて加工した車軸も2本製作した。

 車軸の両端にかんたん車輪を固定して、前輪と後輪が出来た。前輪と後輪は左右一箇所ずつ前後方向に板を渡して、そこに車軸を回転できるように固定する。後輪は板と車軸の間に板バネが入るようにし、前輪側はその分の高さを稼いである。


 これらの作業の細かい部分はほぼチートだよりだ。自分の能力で出来るようにはなりたいが、出来るようになったところでチートとの区別ができるのだろうかと疑問はある。

 今は元素人がこれだけの作業をホイホイこなせるのは間違いなくチートだと言えるが、今後10年20年やって能力が馴染んだ時に、果たしてそれはチートと自分の能力のどちらなのか。


 ……1人で作業していると、どうもいろいろ考えてしまっていかんな。少し休むか。

 それで気がつくと、クルルがそばで座って作業を眺めていた。今日は水汲み以外にしてもらう作業もないからな。

「来てたのか、クルル。」

「クル。」

「じゃあ、ちょっと手伝ってもらうか。」

 車軸の間に渡した板の上に更に板を置くと、パッと見た目は貨物列車の台車のようになった。耐久力はほぼないだろうが、これはこれで簡単な作業程度には使えるかも知れない。


 その台車っぽいものに縄をくくりつけ、板の上にさっき使った空の樽を置いた。縄はクルルが引っ張れるように、クルルの体にも結んである。

「締め付けられたり、痛かったりしないか?」

「クルル。」

「よし、じゃあ庭をぐるぐる回ってくれ。」

「クル!」

 俺が言うと、クルルは庭を回る。構造が構造なので旋回はどうしても強引になる。空の樽は一度弾むとゴロンと横になって、最初に曲がった時にそのまま落ちていった。

 それを見てクルルは止まろうとしたが、

「そのまま歩いていいぞ。」

 と言うと、再び庭を回り始める。バネの上に乗っている重量が極端に軽いので分かりづらいが、前輪と後輪を比べると後輪がサスペンションが効いた動きをしているように見える。


「とりあえず後輪はあれで行くか。」

 俺はひとりごちたあと、嬉しそうに庭を回るクルルをしばらく眺めていた。

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