休み1日目
そこそこの数のナイフを作って、1日を終えた。ここからは間にサーミャとディアナが狩ってきた獣を引き上げると言う作業があるが、基本的には2日にわたる休暇のはじまりだ。否が応でもテンションが上がってくる。
ウキウキと作業場の片付けをしていると、サーミャとディアナが帰ってきた。今日の成果を聞いてみると、「デカめの鹿」だそうだ。デカいなら腱なんかも置いておけば使えるな。そうサーミャに聞いてみると、
「そうだなぁ。そろそろディアナにも弓を持たせてやりたいし、今度頼んでもいいか?」
とのお言葉だった。俺は鍛冶屋ではあるが、鞘なんかを作ることが出来ることから分かるように、弓も作ること自体は可能である。勿論チートを使っての話だし、鍛冶で作るもののように特級品と言うわけにはいかないが。
「そうだな、次の休みにでも作るか考えとくよ。」
動物の角や骨なんかを組み合わせた複合弓もインストールの知識だと、もうこの世界でもあるらしいのだが、作るのは一手間どころでなく時間が掛かるから、作るとしたら木製の単弓だな。貼り合わせなんかを試すかどうかは別にして。
どのみち狩りに出るならディアナにも弓がいるよなとは思っていたし、渡りに船ではある。アポイタカラの着手が伸びるかも知れないので、一旦そこまでに特性だけでも確認しておいたほうが良いかも知れん。
「ありがとな、エイゾウ。」
「私からもお礼を言うわ。ありがとう。」
「なに、弓はそんなに作ったことがないし、これも勉強だ。」
「親方って武器はもちろん、料理から家具からなんでも作れるんですねぇ。」
自分の作業の片付けを終えたリケが会話に加わってくる。
「まぁなぁ。色々手を出していたら、色々作れるようになってしまった、ってとこだな。」
俺はリケに返すが、これはほとんど嘘だ。俺が貰ったチート能力で一番優先されたのは勿論鍛冶だが、残りのポイント(のようなもの)で貰えるうち、優先されたのはこの世界の言語と生産と戦闘である。
それで貰った戦闘能力が熊と戦って勝てたり、おそらくは当代随一であろう傭兵と渡り合えたりと言ったことを考えれば、特化してないとは言え全般的な生産の能力もある程度知れると言うものである。つまりはそこらの普通の人間と比べれば大幅に上回るものが作れるのだ。俺の鍛冶仕事で言うところの、高級モデル一歩手前の一般モデルまでは作れる。その「生産」の意味する範囲がどうもかなり広く、おおよそ”作る”ことに関しては概ね適用されるらしい。
だから色々作れるだけであって、色々手を出してきたわけではない。俺の作るメシが美味いのも実はチートのおかげなのだ。
ただし、逆に言えば、その道の達人には到底かなわない。ヘレンとお互いに真正面から打ち合う分には長いこと凌げるが、ヘレンが完全に俺の命だけを狙いに来た場合には多少耐えられたとして、結局討ち果たされてしまう、と言うのと同じだ。
ついでだが言語の能力については、今のところ”共通語”とも言うべき、この世界でいろんな種族が一般的に使っている言語しか喋ったりしていないので、どこまで適用されるのかはわからない。少なくとも狼達と会話できるようなものではないので、もっと意味のある、例えば存在するのかは分からないが、地方のリザードマンが話すリザードマン西方弁、なんかだと理解できる可能性はある。
ともあれ、そんなチート能力を使って、今度の休みに弓を作る前に、明後日の釣りに向けて明日は釣り竿と針を作らねば。
翌日、4人で鹿を引き上げてきた。なかなかのデカさだ。今までの中でも指折りの大きさなので、腱なんかも結構な長さが期待できるな。ほぐして糸状にしてから撚り合わせたりするので、長いに越したことはない。その工程はサーミャが知っていたりするので実際の作業は任せてしまおう。
いつも通り手早く解体し、肉と皮と骨にわける。骨は使えなくもないのだが、加工の難しさの割にはさほど良いものも出来ないので捨ててしまう。皮の方は腱と同じくサーミャが処理を知っているのでそっちに任せている。サーミャ以外の人間は肉の保存作業だ。勿論傷まないうちに食べる分は別にとってある。今回の昼飯ではシンプルに焼くだけにしたが、毎度凝ってなくてもこう言うのでも十分に美味い。
昼飯の後は翌日に備えて竿と針を作る。糸は前回と同じくうちにある一番細い糸を利用するので作らない。
竿にする枝を森の中で探す。オッさんだがかつては男子なので「なんかいい感じの枝を探す」スキルは習得済みなのだ。実際にそう言うスキルが有るのかは分からんが、男の子ってそう言うの見つけるの得意だよな。前に使った竿もあるので、今回は2本ほど"いい感じの枝"を調達してきて、ナイフで形を整える。ここでいい感じにしなるように加工するのがポイントだ。もちろんチートで加工するので抜かりはない。
竿が出来たら今度は針だ。普段は剣やナイフを作っているが、こう言う細かい作業のほうが集中力を要する。30歳に若返った恩恵か老眼が始まってないのが救いだろうか。もしかしたら筋力を増強していくれているのと同じで、視力も増強されているのかも知れない。近いところを見るのは眼球の筋肉が関係してるって前の世界で聞いたことあるし。
休みでナイフづくりの練習をしているリケのキンと言う派手な音に、小さなチッチッチッという音が混じって作業場に流れる。聞きようによってはハイハットを刻んでいるように聞こえるかも知れない。リズムだけでメロディーはないから音楽と言うにはいささか足りないものが多いが、こう言うセッションは悪くないな。
こう言うものにチートを使ってしまうのはどうかと思う瞬間はあるが、針の出来が釣果に影響するかも知れないことを考えると、使わざるを得ない。仕事にはそれなりを力を、趣味には全力を、だ。
こうして、俺の持てる全ての力をつぎ込んだ釣り針7本(予備含む)が完成し、翌日の釣りの日を待つのだった。
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